モブ令嬢は公爵令息のストーカー

ぽんかん

ストーカー令嬢、自覚する




 今日も彼は輝いている。



 まるで夜の空のように深く吸い込まれそうな髪も、そっと照らすように寄り添う月のような瞳も、綺麗にスッと伸びた鼻も、常に弧を描く口も、歩く姿も、座る姿も、ただそこに立ち止まるだけでも、もう何もかもが素敵!



 まるでお話からそのまま飛び出してきたような、理想の王子様。


「モレスタ様、素敵……」


 今日も殿下と仲良くお話ししている姿を、壁に隠れて見る。殿下と話している時のモレスタ様は、普段とはまた違う顔で楽しそうにしていて、私は殿下と話している時の彼を見るのが一番好き。

 

 本当は近くに行ってお話したいし、プレゼントだって直接お渡ししたい。あわよくば私のことを見てほしいし、名前を呼んでほしいし、お知り合いになりたい。



 けれど、生憎私にはそんな度胸もなければ身分もない。いくら学園では身分関係なく平等にと言っても、相手は公爵で私は伯爵。とても簡単にお近づきにはなれないし、そんな勇気も無い。


 そんな私に出来る事といえば、せいぜい隠れてこっそりと彼を覗いたり、彼の触った物を貰っていったり、彼の行動を把握してついて行ったり、プレゼントをそっと置いて行ったり、名前の無い手紙を送るくらい。


「はぁ……私の意気地なし」


 思わず深いため息がでる。



 ……でも、でも今日は違う。私、ついに覚悟を決めたの。今日こそは、モレスタ様と話してみせるって。今までのような臆病な作戦ではなくて、正々堂々と真正面から立ち向かう。



 名付けて「突撃!偶然モレスタ様大作戦!!」



 モレスタ様はこの後、大事に育てているお花のお世話をしに中庭の方に行くはず。いつもは後ろからついていく私だけど、今日は違う!少しはしたないけれど、走って先回りしてモレスタ様を待つ!そして「まあ、偶然ですね」と優雅に登場。そのまま自己紹介をして私の事を覚えてもらうの!!


「かんっぺき……!」


 完璧な作戦に思わずぐっと拳を握って震えていると、殿下と話し終えたモレスタ様が歩き出すのが見えた。


「っ!急がないと」


 私は慌てて、令嬢らしからぬスピードで中庭まで走った。モレスタ様が向かう道よりもこの道の方が中庭には早く着くはずだから、走れば彼の到着には間に合うだろう。


 着いたらまずは身だしなみを整えて、笑顔の練習をしないと。初めて直接会って話すんだから、モレスタ様に可愛いって思ってもらえるような私で待つの!




 いや、だめだろう。こんなのストーカーだ。




 ……ん?何それ。すとーかー……。ストー・カー。誰それ?モレスタ様の事考えすぎて私おかしくなったのかな。


 考えながら走っているとあっという間に着いた。中庭の花壇のあるこの場所は、普段から人が滅多に来ない。そんな所でひっそりとお花を大切に育てるモレスタ様は、なんて優しくて素敵な方なの……。



「っは!こんな事してる場合じゃなかった!」


 モレスタ様はまだ居ないみたいだし、早速笑顔の練習をしないと。完璧な笑顔でモレスタ様を迎えるんだから!私は"偶然"ここにいて、"偶然"モレスタ様に会うの。全ては"偶然"起きた事。うん、完璧な作戦!!

 



「だからそれはストーカーだってば!!」



 

 っ!!な、何!?今誰が叫んだの!?


 周りを見渡しても誰もいない。私以外、誰もいない。…………てことは、やっぱり、今叫んだのは……


「わたしって、こと……?」


 一体なんなの?さっきから勝手に口が動いて、訳の分からない言葉ばかり……本当に私頭がおかしくなっちゃったの!?


「大体、すとーかー、って何……」


 呟いた瞬間、急に何かがパンッ──と弾けた。実際に衝撃が走ったのか、ただそんな感覚が走ったのかよくわからない。けれど、確かに一つだけ分かる。




「……私、ストーカーだ」



 聞いた事のない単語、急に信じられる訳もない筈なのに、やけにスッと頭の中に入ってきて納得した。ようやく、モヤモヤがスッキリした。


「私、ストーカーだ!!!」


 ど、どうしよう、ストーカーってダメな事だよ!付き纏って、人の物とって、最低だ私……。今まで生きてきて「ストーカー」なんて言葉聞いた事ないのに、ダメな事だけは分かる。


「と、取り敢えず、ここから離れなきゃっ」


 このままだとモレスタ様と鉢合わせしてしまう。それだけは避けないと。混乱した頭でも、体はすぐに動き出して来た道を引き返した。瞬間──



「あれ、偶然だね」


 今にも駆け出そうとしていた私の後ろから、愛してやまない声が、最悪のタイミングで、本来なら私が言う筈の言葉を発していた。



「モ、モレスタ様……」

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