暗黒ダンジョン冒険記

ひぐらし ちまよったか

第1話

 ウンチには顔が有る。



 その出会いは当たり前に日常的すぎて、つい見落としてしまい勝ちだが皆に伝えたい。

 機会が有るなら、よくよく観察してみよう。

 日々のルーティーンで思わず流してしまう所をグッと堪え、ペーパーで覆い隠してしまうその前に、体調の確認も兼ねて覗いて見るのだ。

 きっと私の言いたい事が、分かってもらえると思う。


 そうだ彼等は、つねに個性的。


 コロンと丸い腕白ワンパク兄弟が雑多に並ぶ日も有れば、するりとスリムな深窓の令嬢タイプは、紅茶を片手に詩集を読んでいる。

 重厚な黒いヤツ、色白のアイツ、未消化のコーンで着飾るパリピ崩れが登場すれば、ついつい笑顔になってしまう。


 意固地な粘着気質で踏み止まり、中々その場を動こうとしない剛の者もいれば、産まれた傍から便器の奥へと隠れて行く、シャイで恥ずかしがり屋の人見知りだって居る。


 毎朝、秘かに執行される召喚儀礼。


 そんな一期一会を繰り返す私が、先日不思議な体験をした。



 固い! 硬いっ! 何っとも堅い!

 レッドゾーンすれすれので血の巡りが良くなった寝起きの脳が、ふと便座の上に『デジャブ』を感じた。


 この手応えには覚えが有る。それも、つい最近、二、三日前の出来事だ。


 あの日も確か、おなじ様に苦しんでいた。


 か……アノ時のアイツがまた、私を苦しめに戻って来たのか。


 確かにその日、私は闘いに疲れ『一時休戦』の選択を忸怩じくじとして飲み込み、事の解決を先送りにしてしまった。

 出勤時間が押し迫っていたのだ。

 まいにち忙しい職場では、個室での奮闘に時間を割く余裕は、まず見込めないだろう。

 重たい腹のまま今日一日、過ごさざるを得ないのか。

 良く晴れた冬の日差しが、いやに眩しい朝だった。


 感慨に浸る私だったが次の瞬間、驚愕の事実に気が付く。


 いやっ、翌日は『快便』だった筈! 気持ちよかった! 奴はその勢いに押し流され、今ごろ下水処理施設の塀の中で捕らわれの身!


 ひと違いか? だが現在、私を苦しめているこのには見覚えが有る。

 覚えが有るのだ!


 前日の『ヤツ』との闘いで押し広げられていただろう肛門を、特急列車のごとく通過していった翌日の『快便』。

 そのあまりにもスマートな速度と満足のいく質量に、当然私の腸内は一掃され、からっぽの状態にリセットされたものだと油断していた。


 これが世に聞く『宿便』と云うモノなのか……いったい私の腸内の何処に、そんな身を隠す場所が有るという? 横穴? 盲腸か? いやいや、ソコはかなりな上流。有り得ない。


 医者でもない私の想像では、彼等は狭いトンネルの中で一列に並び、古い日付の者から順番に排出されていくものだと思っていた。

 『お先にどうぞ』『ありがとう』のような、譲り合う文化が有るというのか?

 からだを端へ寄せ、その脇を緊急車両が追い越して行く道幅が、はたして体内に存在するのだろうか?


 ――これは確かめる必要が有る。


 そう感じた私は、またしても奴との闘いを一時断念。

 下着を汚さない様、便座シャワーを『デンジャラスモード』へ切り替えると、零れ出そうになる声を必死に押し殺し、念入りに菊座を洗った。


 戦場は新たな局面フェーズへと移行する。

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