2章:クラン抗争

29:トオルに憧れる人

――???視点――


 カッコいい。

 それは僕が初めてトオルさんの動画を見た時の感想だ。


 こんな風になりたい。

 ここまで強くなりたい。


 そう思った。


「おい、貧乏レンジ! ちょっとこっち来いよ」


 放課後、俺は帰ってトオルさんの動画を見たかったが、そう呼び止められた。


 声をかけてきたのは校内でも名の知れ渡っている探索者だ。

 チャンネル登録者数は二万。

 高校生でここまで人を集めている人は少なかった。


「な、なんだよ……」


 僕が震える声で尋ねると、彼は僕の前に木刀を放り投げてきた。


「お前、探索者に憧れてるらしいな。ビンボーのくせに」

「……悪いか」


 しっかりと彼の目を見て言い返した。

 すると彼は思い通りの反応をしなかったせいで不機嫌な表情になった。


「ああ、悪いね。探索者は才能と華が必要だ。お前なんかがなれるわけないんだよ」


 その通りだと僕は思った。

 でも、だからといって、僕は夢を諦めたくなかった。


「……うるさい。僕は探索者になるんだ」

「じゃあお前は何層まで潜ったんだよ」


 尋ねられ、僕は小さな声で答える。


「…………四層」


 言うと、彼は思わずといった感じで吹き出して腹を抱えて笑った。


「ぷっ! くくくっ! 四層? ばっかじゃねぇの!」


 そして彼はひとしきり笑った後、僕に言った。


「おい、その木刀を取れよ。俺がお前に探索者とは何かを教えてやる」


 僕は黙って木刀を手に取った。

 そしてニヤリと笑った彼に、ボコボコにされるまで特訓という名のリンチを受けるのだった。



   ***



 僕の家は母子家庭だ。

 父は僕が子供の頃、僕と母を捨てた。


 僕に探索者としての才能がなかったからだ。

 実力主義の父は簡単に僕達を捨てた。


 それからというものの、僕はバイトをしながら生活している。

 でも要領が悪く、バイトでも失敗続き。

 小銭稼ぎにでもと始めた動画投稿も全く伸びない。


 そんな中、出会ったのがトオルさんの動画だった。

 その時はまだ、登録者100人とかだったと思う。


 でも彼がすごいことをしているというのは、なんとなく分かった。


 それ以来、僕は彼に憧れた。

 探索者になって、動画投稿することに憧れた。


 どうにかバイトと学校の時間の隙間にダンジョンに潜り続けた。

 しかし才能もなければ要領も悪い。

 全くと言っていいほど、芽が出なかった。


「あー、どうしてこんな人生なんだろうなぁ……」


 ふと呟く。


 ギリギリの生活。

 夢も叶えられない。


 母は病んで寝たきりだし、全部自分でやらなきゃならない。


 辛かった。

 しんどかった。


 僕の唯一の支えは、トオルさんだった。


 今日も僕は毎日の日課である、トオルさんの動画にコメントを打ち込む。

 最近は視聴者もいっぱい増えてすぐに埋もれていくが。


『頑張ってください。いつも勇気をもらってます。ありがとうございます』


 それから三十分後、僕が寝ようと思ったその時。

 DMにメッセージが入った通知が鳴った。


 なんだろうと思って開いてみると——。


『昔からコメントしてくれてるよね。ありがとう。ここまで続けられたのも貴方のおかげだよ』


 そのDMの送り主は憧れの人、トオルさんなのだった。

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