26:撮影開始です

 とうとう撮影の日になった。

 早朝のアパート、俺の周囲ではたくさんのスタッフが忙しそうにしている。


「カメラは一応三台は用意しておけ! 撮り逃さないようにな!」


 西条さんも忙しそうにそう指示していた。

 朝っぱらから大変だなぁとパジャマ姿のまま思う。

 本当は着替えようと思ったのだが、それだとリアル感がないと言われ、俺はパジャマ姿だ。

 寝ぼけ眼をこすっていると、ようやく準備が終わったのか西条さんが近づいてくる。


「それでは撮影を開始したいと思います。お待たせして申し訳ございません」

「いえいえ、大丈夫です。しかし本当に需要あるんですかねぇ……」

「もちろんありますよ! それに関しては私どもが保証いたします!」


 そしてカチンコが鳴り響き、俺は日常を送り始める。

 朝はぼぉっと顔を洗って歯磨きをして、朝食を食べる。

 適当に作った目玉焼きをトーストにのせるだけの朝食だが。


 そしてドキュメンタリーらしくちょくちょくメインのカメラマンから質問が飛んでくる。


「朝食はいつもそれだけなんですか?」

「まあそうですね。20年くらいこれしか食べてません」


 そして朝食を食べ終わったら、さっそく着替えてダンジョンへ向かう。

 しかし移動中の撮影はしないのか、ロケバスで移動となった。


 移動している最中、隣に座っていた女性が俺に声をかけてきた。


「す、すいません。サイン貰って良いですか?」

「さ、サインですか……? そんなのないですけど……」


 なに、サインって。

 俺、そんな有名人じゃないしサインとかないんだけど。


「じゃ、じゃあ名前を書いてくれるだけで良いですから!」


 ええ、そんなんでいいの?

 おっさんの名前とか書いても面白くないよ?


 でも何だか凄く物欲しそうにこちらを見て色紙を差し出してくるから仕方なく書いた。


「ありがとうございます! 一生の宝にします!」


 た、宝……。

 困惑俺を傍目に彼女は大事そうにその色紙を鞄にしまった。


 それからしきりに隣の女性が話しかけてくるが、俺はいつの間にかゲッソリしてしまうのだった。



   ***



 ダンジョンに辿り着いた俺たちはさっそく150層まで来ていた。


「いきなり150層は凄いですね……」


 カメラマンにそう言われ俺は首を傾げる。


「そうか? ここはまだ準備運動レベルだぞ」

「さ、流石です……」


 カメラマンどころか周囲のスタッフたちも表情が引き攣っている。


 ちなみにスタッフたちはそれなりのダンジョン経験者を集めたみたいで、ある程度の階層までだったら潜ってもいいと言われた。


 番組スタッフも大変だよなぁ。

 そんなことを思いながら、しかし遠慮なく進んでいくのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る