暴君に転生して、本当によかった

「閣下……お願いします! 僕は第四皇子でもない、ただのルドルフです! ですが……ですが、もしお許しいただけるのであれば、どうかリズと、このまま一緒にいさせてください!」


 僕はその場で平伏し、地面に額をこすりつけて懇願した。


 そう……ヴィルヘルムのあの言葉で、僕はとうとう第四皇子という立場も失ってしまった。

 元々、僕とリズの婚約は、皇帝の命によって成立したもの。なら、皇子ではなくなってしまったことで、この婚約はなかったことになってしまう。


 だから、僕にできることは……リズとこれからも一緒にいるためには、こうするしかないんだ。


「お父様! お願いします! 私はルディ様とずっとおそばにいたい! ルディ様が第四皇子ではなくなったとか、そのようなことはどうでもいい! ただ……ただ、愛しいルディ様と永遠に添い遂げたいのです……っ」


 僕の隣で、同じように平伏して懇願するリズ。

 何もなくなったこんな僕のために、リズのような女性ひとがここまでしてくれる。


 僕は、本当に恵まれている。

 こんなにも素敵な女性ひとが、こんなにも僕のことを想ってくれるのだから。


 僕は……暴君ルドルフに転生して、本当によかった……。


 すると。


「クク……つまりは、殿下がファールクランツ家を継ぐのに、何の障害もなくなったということ。まさに重畳ちょうじょうですな」

「あ……ファ、ファールクランツ閣下……っ!」


 僕とリズの頭を、ごつごつとした大きな手で少し乱暴に撫でるファールクランツ侯爵。

 顔を上げると、侯爵は不器用な、だけどすごく嬉しそうな、そんな笑顔を浮かべていた。


「ありがとうございます! 僕は……僕は、絶対に閣下の期待を裏切らないように、精一杯頑張ります!」

「お父様! ありがとうございます!」


 僕は再び頭を下げ、地面に額をこすりつける。

 喜びの涙で濡れた顔を、隠すように。


「さて……では、早く治療をせねばな。私の後継者……いや、可愛い息子ルドルフを、このまま捨て置くわけにはいくまい」

「あ……え、えへへ……」


 いつもの『殿下』なんてよそよそしい敬称をつけずに、ただ『ルドルフ』と呼んでもらえたことが嬉しい僕は、幼い頃と同じように笑った。


 すると。


「ふふ……ふふふふふ……いつもの凛々しいルディ様も素敵ですけど、今のような笑顔のルディ様も、愛らしくてとても素敵です! もう我慢できません!」

「わ!? えへへ……」


 顔を紅潮させたリズが、僕を思いきり抱きしめる。

 ちょっとだけ、彼女の様子がいつもと様子が違うけど……でも、リズの温もりがとても心地よくて、また僕は、幸せ過ぎて笑っちゃった。


 ◇


 ヴァンダでの事後処理を終え、僕達はいよいよ帝都へと帰る。


 ヨハンソン卿が調べたところによると、ヴァンダを守備していた兵士は、大半がルージア人だった。

 捕虜にした兵にも確認したので、間違いないとのことだ。


 また、やはりヴィルヘルムは策を練っていたらしく、ファールクランツ軍がヴァンダを攻めあぐねている隙に、国境に待機させていたルージア軍七千をもって背後から挟撃するつもりだったらしい。


 国境を越えてまで、確かに斥候を放ったりはしないからね。

 地下通路から侵入して、短期決戦で一気に攻略しなかったら、僕達は危ういところだったわけだ。


 それと……要塞内に、スヴァリエ公爵の遺体もあったそうだ。

 部屋の中で、まるで壊れた人形のように打ち捨てられていたらしい。


 このことを教えてもらった時、リズもマーヤも、ファールクランツ侯爵でさえ僕を気遣ってくれたけど、正直言って、僕は特別な感情を抱くこともなかった。


 だって、僕はスヴァリエ公爵に一度も会ったことがないんだよ?

 いくら実の父親だからって、そんなことを言われてもっていうのが、僕の感想だった。


 ヴィルヘルムの遺体は、川の下流まで探したけど、結局見つけることはできなかった。

 おそらく、今も川の底で眠っている……いや、ひょっとしたら魚のえさになっているのかもしれない。


 それにしても。


「いててて……もう少しゆっくり走ってほしいなあ……」

「ルディ様、こればかりは仕方ありません。これに懲りたら、次からは・・・・絶対に怪我を負ったりしないでくださいませ」

「あ、あははー……」


 馬車の中、膝枕をしてくれているリズに手厳しいことを言われ、僕は苦笑するしかない。

 それに、こんなことを言いながらも、マーヤに目で合図して馬車のスピードを緩めてくれるんだから、結局優しいよね。可愛い。


「帝都に戻ったら色々と大変、ですね……」

「そうですか? 僕は、すぐに決着がつくと考えていますが……」


 少し悲しそうに目を伏せるリズに、僕は軽い気持ちで答えた。

 確かに、スヴァリエ公爵との関係などを色々と追及され、皇宮から追い出されることになるんだろうけど、言い換えれば晴れてファールクランツ家の一員になれるってことだからね。逆に、待ち遠しくて仕方ないんだけど。


「ですが……あなた様の、その、母君が……」

「僕は、あの人を母親だと思っていません」


 リズは気遣ってくれたけど、前世の記憶を取り戻した時から、ベアトリスに対し母親という感情は持ち合わせていない。

 ただ……思うところがあるとすれば、ベアトリスよりも母親のような優しさを見せてくれた、アリシア皇妃に対しての申し訳なさだけだ。


「いずれにせよ、これでルドルフ派閥もなくなりましたし、皇室のごたごたを片づけたら、約束どおり帝都散策を……」

「その前に、左脚が完治してからです」

「あ、あははー……」


 リズに指摘され、僕はまた苦笑した。

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