関係各所への根回し

「……そう、ですか」


 アンネを拘束した次の日の朝、僕とマーヤはリズに顛末を説明した。

 最初、蚊帳の外にされた形になってしまったリズが怒るかとも思ったけど、彼女はただ静かに聞いてくれた。


「今、奥方様の元、アンネに対する尋問が行われておりますが、あの子が口を割ることはないでしょう」

「そう……」


 リズは、淡々と説明するマーヤをいたわるような眼差しを向ける。

 彼女もまた、マーヤの心情をおもんばかってのことだろう。


 だって、リズとマーヤは、お互いずっとそばにいたのだから。


「ルディ様、これからいかがなさいますか?」

「もちろん、ヴィルヘルムとオスカル兄上が裏で何をしているのかを突き止め、徹底的に追い込んでやります。そのためには……マーヤ、お願いできるかな?」

「お任せください。アンネの無念、この私が必ず晴らしてみせます」


 マーヤが決意を込め、かしずいた。


「僕とリズは、何かあっても対処できるように、まずは情報共有と根回しをするよ。だから、悪いけど学園を休むことを伝え……ああ、そうそう、シーラ嬢にもアンデション閣下と同席してほしい旨の伝言を頼むよ」

「かしこまりました」


 ということで。


「ウフフ……まさか、こんなにも早く顔を見せてくれるとは、思わなかったわ」


 巨蟹きょかい宮を訪れた僕とリズを、アリシア皇妃が笑顔で迎えてくれた。

 いや、僕も早速来ることになるなんて思わなかったよ。


「実は、オスカル兄上とヴィルヘルムのことで、ご相談とお願いがあるんです」

「オスカル殿下と、ヴィルヘルムって……ああ、スヴァリエ公爵家の子息ね」

「はい」


 僕は、アリシア皇妃にこれまでの経緯いきさつについて説明した。

 オスカルとヴィルヘルムが裏で手を握り、怪しい動きを見せていること。特に、元ロビン派の貴族の一部に、ヴィルヘルムを通じてスヴァリエ家が支援を持ちかけていることを。


「……今のところ、旧ロビン派の子息令嬢がしていることは、学園内におけるヴィルヘルムの評判を上げるための仕込み・・・程度ではありますが、今後どんな出方を見せるか、注意が必要かと」

「そう……」


 アリシア皇妃は顎に手を当て、考え込むと。


「分かったわ。スヴァリエ公爵家について、私のほうでも調べてみます」

「ありがとうございます。次に、オスカル兄上とヴィルヘルムが手を結んだ件についてなんですが……」


 そう、話を切り出したところで。


 ――コン、コン。


「失礼。ルドルフが来ていると聞いたのでな」


 やって来たのは、フレドリク兄上だった。

 わざわざこうして会いに来てくれたということは、本当に合理主義で利己主義な仮面を被ることは、やめたみたいだ。


「フレドリク、あなたがここに来るなんて珍しいわね」

「私の最大の支援者であり、理解者でもあるルドルフが来たのであれば、顔を見せるのが礼儀でしょう」


 アリシア皇妃はそんな皮肉を言っているが、フレドリクが来てくれたことが嬉しいみたいで、頬を緩ませている。

 今後は僕がいない時にも、マメにフレドリクがここに訪れるようになるといいんだけどね。期待しておこう。


「後でフレドリク兄上にもお願いしようと思っておりましたので、来てくださってちょうどよかったです。実は、オスカル兄上とヴィルヘルムの件についてでして」

「ほう?」


 フレドリクはアリシア皇妃の隣に座り、興味深そうに身を乗り出す。


「先日、オスカル兄上から生徒会への勧誘……というより、皇族の義務ということで呼ばれたのですが、そこでヴィルヘルムに引き合わされたんです。二人の様子から、どうやら以前から繋がっているものと思われます」

「ふむ……つまり、スヴァリエ公爵家はオスカルの側につく、そういうことか」

「おそらく」


 フレドリクが思案するタイミングで、僕はお茶で喉を潤した。


「それで、アリシア妃殿下にはスヴァリエ家の調査をお願いしたところです。兄上も、ヴィルヘルムにはご注意ください。何より……僕達の大切な諜報員の一人が、あの男に寝返っておりましたので」

「っ!? ……そうか。なら、こちらにも同様に裏切り者がいることを考慮せねばな」

「……私も、注意するわね」


 よし、これですり合わせと注意喚起もできたし、こんなところかな。


「では、僕達はこれで失礼します。せっかくの親子水入らず、邪魔をしても悪いですしね」

「む……」

「まあ」


 そう言って僕がおどけてみせると、フレドリクは苦笑し、アリシア皇妃は愉快そうに笑った。

 こうやって、二人の間にあった溝も、少しずつ埋まっていけばいいな。


 そんなことを願いながら、僕とリズは皇宮を後にした。

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