リズが平謝りなんですが……

「え、ええー……」


 僕を乗せた馬車が学園寮の門をくぐると、リズが玄関で平伏して待ち構えているんだけど。

 これ、どういうこと?


「リ、リズ、何事ですか!?」


 玄関に到着するなり、僕は馬車から飛び降りてリズを抱き起こそうとするけど、彼女は全然顔を上げてくれない……。


「……ルディ様が自分の派閥を作ることをよしとせず、シーラさんの実家であるアンデション家の支援も断られました」

「は、はあ……」

「なのに、私の身勝手な思いで、あなた様にそのことを強いてしまいました。謝って許されるものではありませんが、本当に、申し訳ございません……っ」


 あー……リズ、ここまで思い悩んでしまっていたのか。

 困った僕は、そばに控えるマーヤへと視線を向けると。


「……ルドルフ殿下が、お一人でアリシア妃殿下のところに向かわれましたので、怒っていらっしゃるものと思ったリズベット様は、それはもう酷い落ち込みようでした」


 わざとらしく、よよよ、とハンカチで目元をぬぐうマーヤ。

 そういう演技、別に求めてないから。


「あはは、別に僕は怒ってなんていませんよ。アリシア妃殿下のところに一人で行ったのだって、深い意味は何もありませんから」

「で、ですが……」

「それよりも、僕はクリステル嬢を助けてあげようとした、リズの優しさが嬉しかったです。しかも、結果的に派閥を作る必要も出てきましたので」

「あ……」


 ようやく顔を上げてくれたリズの隙を突いて、一気にそのまま抱き上げた。


「ほら、君にそんな顔は似合いません。いつものような笑顔で、僕を幸せにしてください」

「ル、ルディ様……っ」


 ああもう、そんな泣きそうになりながら、必死に笑顔を作ろうとしているリズ、可愛いしかないんだけど。

 シーラがこの場にいたら、間違いなくリスみたいにバゲットを頬張っていると思うね。


「リズには報告をしなきゃいけないことが、たくさんあるんです。マーヤ、悪いけど寮の部屋を一つ手配してくれないかな」

「かしこまりました。すぐにご用意いたします」


 マーヤはうやうやしく一礼すると、大急ぎで寮の中へと入っていった。


「さあ、僕達も中に入りましょう。君が待っていてくれている間のことも、是非お聞きしたいですから」

「あう……は、はい……」


 困った表情のリズの手を取り、僕達は寮の中へ入った。


 ◇


「……というわけで、僕は本格的にフレドリク兄上を支援することにしました」


 皇宮であった、アリシア妃殿下との面談、それにフレドリクとのやり取りについて、リズに説明した。

 このことは、後ほどファールクランツ侯爵にも説明をしないといけないし、アンデション辺境伯のところに出向いて支援を求めないといけない。


 あんなことを言った手前、なかなかお願いしづらいけどね。


「そんなことが、あったのですね……」


 リズは、お茶の入ったカップを持ちながら、視線を落とした。


「ルドルフ殿下がフレドリク殿下の陣営に本格的に参入されることは理解しましたが、そうすると、オスカル殿下の陣営は黙ってはいないと思います。今までは、こちらもあまり目立った動きはしておりませんでしたので、精々オスカル殿下からの勧誘だけでしたが……」

「それこそ今さらだよ、マーヤ。大体、生徒会の一件で僕とオスカル兄上は決裂したんだし」

「それはそうですが……」


 それに、フレドリクが警戒する、オスカルの闇。

 これがどこまで根深いのかは分からないけど、気をつけるに越したことはない。


 何より……リズに危害が及ぶことだけは、絶対に避けたい。


「そういうことだから、これからはオスカル兄上とヴィルヘルムの警戒を、最大限しないといけない。マーヤ……頼んだよ」

「お任せください。いち早く情報を察知し、殿下にお届けいたします」


 マーヤはかしずき、こうべを垂れた。


「ルディ様……この度の原因は私にあります。ですので、このようなことを申し上げる資格はありませんが、その……本当によろしいのですか……?」


 リズがアクアマリンの瞳で、僕の顔をのぞき込む。

 僕がここで『やっぱり派閥作りはやめる』と言ったら、リズはクリステルに対して土下座してでも身を引いてもらうに違いない。


 それだけリズは真っ直ぐで、責任感の強い女性ひとだから。


「もちろんです。それに……こうなった以上、僕やリズ、それにマーヤを守るためにも、派閥を作ることはどうしても必要になりましたから」


 オスカルが僕を明確に敵と見定めた以上、こちらも力が必要だ。

 そのためには、自分自身が派閥を作ることもさることながら、フレドリクやアリシア皇妃との連携・協力も重要になってくる。


 なんの力もなければ、大切な女性ひとを守ることなんて、できないのだから。

 そのことは、私生児の第四皇子としてずっとさげすまれ続けてきた僕には、痛いほどよく分かるから。


「そういうことですので、きっかけを作ってくださったリズには、感謝しかありません」

「あ……もう、あなた様はいつもそうやって、私を甘やかすのですから……」

「当然です。これは、君の婚約者である、僕だけの特権ですから」


 瞳に涙をたたえるリズに、僕は満面の笑顔で応えた。

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