もっと思いきりやっておけばよかった
「……何とも、後味が悪いですわね」
アンデション辺境伯が、溜息とともにポツリ、と呟いた。
アリシア皇妃との協議を終え、
さすがに、あんなことがあった後では、ね……。
「こんなことを聞いて恐縮ですが、アンデション閣下としては、これで溜飲を下げる……ということでよろしいのですよね?」
「あらあら、当然ですわ。身勝手にシーラとの婚約解消をして、だらしなくリズベットちゃんに言い寄った罪で皇位継承権の剥奪どころか、無期限幽閉になったんですもの。ロビン殿下は、恥どころか人間としての尊厳すら失いかねないんですし」
あの一年を通じて雪と氷に覆われた地で、ロビンは終わりのない日々を過ごさなければならないんだ。
小心者で器も小さく、我慢というものを知らないロビンなら、一か月も耐えることができないだろう。
「ですがルディ様、アリシア妃殿下が早々に幽閉を解く、ということは考えられないでしょうか……」
「それはないと思います。アリシア妃殿下は、この国の第一皇妃として処罰したんですし」
これが一人の母親として罰を与えたのならともかく、皇妃の立場で、僕達の目の前で処分を下したんだ。
ここでロビンを簡単に許すことは、これまで皇室に尽くしてきたアリシア皇妃の、半生の全てを否定することになってしまうのだから。
「……悲しい、ですね」
「はい……だからこそ、こんなことはこれっきりにしないといけません」
ただし、それは僕とリズが大切にしている人達に限って、だけどね。
ロビンのようにリズに危害が及ぶような真似をする者であれば、その時はロビンのように……いや、それ以上の目に遭わせる覚悟は持ち合わせている。
特に、ヴィルヘルムに対しては容赦するつもりはない。
僕とリズの大切な思い出を偽ったばかりか、今も粘着質にまとわりついてくるあの男。
前世で読んだ『ヴィルヘルム戦記』の人物像とのあまりの違いに、今ではあの叙事詩にはかなり改ざんが加えられていたんじゃないかと考えている。
そうすると、僕……ルドルフが暴君であったかどうかも疑わしい。
なら、これから僕はどう動いていくべきなのか、ということなんだけど……って。
「リ、リズ!?」
「ルディ様、どうなさったのですか……?」
透き通るようなアクアマリンの瞳で、僕の顔を
そうだった、今はアンデション辺境伯達もいるんだし、考えるのは後だね。
「あはは、すみません。ロビンのことを考えていたら、つい……」
「それでしたらよろしいのですが……」
苦笑する僕に、リズはどこか
「まあまあ、もうこんな時間ですわね」
窓から夕陽が差し込んでいるのを見て、アンデション辺境伯が手を合わせた。
確かに、お開きにするにはちょうどよい時間だ。
「では、私達はこれで失礼しますわね」
「はい、今日はお疲れ様でした」
僕とリズは、帰宅するアンデション辺境伯とシーラを玄関で見送る。
ちなみに、辺境伯は帝都で別件の用事があるらしく、しばらく帝都のタウンハウスに滞在してから領地に帰るらしい。
「ふう……今日は大変でしたね。リズは疲れてはいませんか?」
「はい。結局、私は何一つお役に立てませんでしたので……」
そう言って、リズは目を伏せた。
「それを言うのなら、僕だって同じです。今回は、ロビンが勝手に自滅しただけですから」
少しでもリズが気に病まないように、僕は努めておどけてみせた。
あんな結果になったことで、彼女に思いつめてほしくないから。
「それより、アリシア妃殿下には申し訳ないですが、もうロビンが君の視界に入ることは、永遠にありません。ようやく、僕達の憂いの一つが取り除かれました」
これでリズは、ロビンによる被害を
そのことが、僕は素直に嬉しい。
「……ルディ様は、いつも私のことばかりですね。今もこうして、落ち込む私を慰めるために、わざとおどけてみせて」
「あ、あははー……」
上目遣いで見つめるリズに、僕は苦笑する。
というか、全部バレてるし。
「これでリズに寄ってたかる羽虫は、あとはヴィルヘルムだけですが……」
「それも、ルディ様があの男の左足を潰してくださったおかげで、あと半月は顔を見ずに済みます」
「でしたら、その間は学園生活を心ゆくまで楽しみましょう」
「はい!」
僕とリズは手を取り、微笑み合った。
でも。
「ええー……」
「目障りな……」
次の日の朝の教室。
そこには、心配そうな表情を浮かべる多くの令嬢に囲まれながら談笑する、ヴィルヘルムの姿があった。
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