どうしてこうなった
既にご存じだとは思いますが、僕は皇帝陛下と
本来であれば僕が皇位継承権を得るなどということは、あってはならないこと。
ですが、二人の皇妃殿下を差し置いて皇帝陛下の寵愛を一身に受ける
僕……ルドルフを、四番目の皇子にするように、と。
理由は簡単。皇帝陛下からの寵愛を失えば、後ろ盾もなく捨てられる運命だからです。
僕は、その後も皇宮で生きてくための
そんな卑しい出自ですから、誰一人として僕を認める者などおりません。
すれ違うたびに侮蔑の視線を向けられ、聞こえてくるのは『卑しい
もちろん、僕もそのことは理解しています。
僕が、生まれてきてはいけなかったことも。
何より、母である
それこそ、二人の皇妃よりも尊大に、
ですので、皇宮にいる者達の負の感情が募ると、矛先は僕へと向けられるようになり、今までは侮蔑の視線と陰口程度だったものが、いつしか嫌がらせへと変わりました。
とはいえ、腐っても僕も帝国の第四皇子ですので、大した嫌がらせをされるようなことはありません。
精々、僕のことを無視する程度です。
何度呼びかけても誰も答えず、話しかけてもそっぽを向かれ、まるで空気のように扱われるだけ。
どれだけ頑張っても、どれだけ努力しても、どんなに成果を残しても、目を向けてくれることはありませんでした。
それは、実の父である皇帝陛下や、実の母親であっても。
だから僕は、無視できないようにしてやったんですよ。
時には物を投げつけてやったり、目の前の料理をわざと床にぶちまけてやったり。
でも、それでも、使用人達はただ無言で片づけるだけ。
少々のことでは何も変わらないんです。
こうなると、僕はもう自分が生きている価値すら見いだせず、死んでやろうと思ったこともありました。
だけど……死ねないんですよ。
怖くて、手も足も震えて、涙が
ただ『死にたくない、死にたくない』って、ずっと呟きながら。
すると、今度は自分自身に問いかけるようになるんです。
どうして僕が悲しまないといけない? 苦しまないといけない?
これは誰が悪い? これは誰のせいだ?
この時芽生えたものは、
それからの僕は、加減というものをしなくなりました。
今までは気を引こうと悪さをしていましたが、相手のことを考える必要がなくなったので、気を遣う必要もありませんから。
ただ気に入らなければ暴力を振るい、気に食わなければ当たり散らす。
するとどうでしょう? 今まで無視していた連中の、目の色が変わったんです。
侮蔑だけだったものから、
こうなると僕は、愉快でたまりませんでした。
だって、これでみんなが僕を見てくれるようになったんですから。
生まれて一度も視線を合わせることすらなかった、三人の兄達でさえも。
……いえ、ロビン兄上に関しては、みんなが無視をしていた時であっても、積極的に僕に絡んできては『帝国の恥』だの『
でもそれって、僕の存在を認めてくれているも同然なんです。
空気以下の存在でしかない、この僕を。
だから僕は嬉しくて、ずっとずっと、
嬉しさのあまり、延々と涙を
「……それが、僕の子供の頃の話です」
何も言わずにただじっと僕の話に耳を傾けていたリズベットを見やり、『どうです? 面白いでしょ?』と言っておどけてみせた。
久しぶりに思い出したけど、本当に笑うしかないよ。
本当に、笑わないと……やっていられない。
すると。
「……そうですね。ルドルフ殿下のおっしゃるとおり、本当に
リズベットは僕から目を逸らし、表情も変えず呟いた。
はは……今は、笑いを
多分、ファールクランツ家に帰ったら、すぐにヴィルヘルムにこの話をして、二人でお腹を抱えて笑うんだろうな。
だって、二人は僕みたいな私生児の
僕は自虐的な笑みを浮かべながら、ポケットの中に忍ばせてある金貨を右手で必死に握りしめる。
これだけが、僕の心を正気に保たせてくれるから。
「おっと……長話をしてしまい、申し訳ありませんでした。玄関までお送りします」
「……はい」
僕は立ち上がると、リズベットに右手を差し出し……っ!?
――キン。
ポケットから金貨が飛び出し、大理石のタイルに落ちてしまった。
「っ!」
リズベットがいることも忘れ、僕は金貨に飛びかかるようにして押さえ、すぐにポケットにしまう。
ふう……今度から落としてしまわないように、特に注意しないと。もし皇宮の誰かに……最悪ロビンに知られてしまったら、絶対に取り上げられてしまうだろうから。
「ルドルフ様、今落とされた金貨は……」
「君には関係ない」
自分でも驚くほど低い声で告げ、顔を逸らしてリズベットの手を取り、玄関へ向かう。
リズベットもこれ以上は聞いたらまずいと思ったのか、玄関に到着するまでの間、終始無言だった。
「リズベット殿、今日はありがとうございました」
「いえ……失礼いたします」
窓から会釈するリズベットを乗せた馬車が、ゆっくりと遠ざかる。
「ふう……これで婚約は不成立、かな……」
馬車を眺めながら、僕は深く息を吐いて呟いた。
なのに。
「…………………………どうしてこうなった?」
次の日、ファールクランツ侯爵家から届いたのは、リズベットが僕との婚約を受け入れた旨の手紙だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます