2.東堂家
3時間ほど高速を走り、
――静かだと思ったら寝てたのかよ。
亨は起こすと面倒だと思い、サービスエリア内に設置された飲食店に一人で向かった。
渋滞もなく順調に来れている。
あと2時間も走れば最寄りの出口に着くはずだ。
地図によればそこから30分程度。
田舎の小さな村だ。近くに宿がないようなら車中泊も覚悟しなければならない。
亨は手軽に食べられそうなパンやおにぎりを物色していた。
「本当にとーるちゃんは色気がないねぇ」
突如後ろから抱きつかれ、耳元で囁くように御門の声がした。
「食い物に色気なんかあってたまりますか。あと耳に息を吹きかけないでください」
亨は鳥肌を抑えながら御門を引き離すと、御門を睨んだ。
「食いもんってのはな、その土地土地で表情を変えるんだよ。ほら見てみろ、あの肉まんなんか美味そうだぞ」
御門は意に介さずと言った表情で、亨の肩を抱くとフードコートに並ぶ飲食店を指差して見せた。
「あれは肉まんじゃなくてお焼きっていうんですよ。食べたいんですか?」
「皮に餡が入ってんだから一緒だろ。せっかくこんなとこ、仕事でもなきゃ滅多に来ないんだから食おうぜ」
御門は悪びれずに言うと、亨の肩を抱いて引きずるようにフードコートに入った。
「あら、お兄ちゃん達えらい綺麗な顔して。モデルさんかね」
すらりと背の高く、切れ長の目が特徴的な御門はもちろん、亨とて一般的には充分に平均以上の容姿をしていた。
184センチの御門に対して176センチの亨は小さく見えたし、二重の深い丸い目は幼さを感じさせる。
二人が並ぶと中々に眼福なのだが、亨にとっては御門と並ぶと自分の童顔が際立つようで嫌だった。
「まぁそんなとこっす」
御門はお焼きによく似た、色白で素朴な笑顔のおばちゃんに笑顔で答えた。
「あらまぁ、こんな田舎で
おばちゃんはお焼きを2つ袋に入れると、御門に差し出して「おばちゃんからのサービスだっぺよ」と、小声で囁いた。
御門はお焼きを受け取りがてら、おばちゃんの手をそっと握ると「ありがとう」と言ってウインクした。
亨はお焼き売り場から離れると「無料奉仕は良くないですよ」
と、肩を抱いて離れようとしない御門を引き離しながら言った。
「痛い、とーるちゃん。関節極めようとしないで……お焼きの代金だろ。――たまにいんだよ、無自覚に色々引き寄せちゃう奴」
御門は亨から手を離すと、口元を拭いながら「しかし雑魚は不味いな」と言って口直しになるものを探した。
御門がうどんを食べたいと駄々をこねたせいで、フードコートにあるうどん屋を3軒とも制覇させられた亨は、うどんで膨れる腹を押さえて目的地まで車を走らせた。
「御門さん――起きてください。もう少しで着きますよ」
食ったら寝る。御門はそう言う男だった。
亨はハンドルを持ちながら左手で御門を叩き起こした。
「痛い――起きた、起きたから叩がないで――とーるちゃん、恨みこもってない?」
御門は倒していたシートを起こすと、自分を殴っていた亨の手を取り、
「どうせなら優しくキスして起こしてくれてもいいんじゃないの?」
――こんな風に、と亨の手にキスしようとして、その手で額に裏拳を食らった。
「僕は男にキスする趣味もされる趣味もありませんから」
「ほんっと冷たい。とーるちゃん……」
御門の呟きは無視して、亨は車を目的地に到着させると、車の外に出た。
背中に冷たい汗が流れる。
「こりゃ調査なんざ必要ねーな」
助手席側から降りて和洋折衷のその建物を見上げた御門の呟きに、亨は無言で頷いた。
建物からは禍々しい気配が漂っていた。
「私共は今川家の家臣、朝比奈泰朝の血をひいていましてね。泰朝と言えば、安土桃山時代の掛川城主ですが、家康に攻められても5か月も奮戦したと言われておりまして、その時の鎧と刀がこちらです」
主の東堂は脂ぎった顔と体を揺らしながら、御門と亨を出迎えると、祖先の朝比奈泰朝の歴史を自慢たらしく語ると、漸くその鎧がある部屋へと案内した。
誇らしげに襖を開けた東堂の背中越しに見た鎧は、御門や亨が着用するのにはかなり小さいが、細かな装飾が施された素晴らしいものだった。
「ほお――これは見事な加賀
御門の言葉に東堂は目を見開いた。
「かっ加賀とはどういうことだ。朝比奈家は備中守だぞ」
東堂の剣幕に御門は興味のなさそうな顔で鎧を指さした。
「まず胴板を見てみろ。所々に銀色が見えるだろ。あれは銀蠟流しの跡だな。そんで小手を見ろ。
「そ……そんな馬鹿な」
「加賀と彦根は
亨は御門が面倒臭そうに話しているのを聞きながら、この男の博学ぷりに内心舌を巻いていた。
御門曰く、「付喪神なんざ殆どが古美術品だ。祓ってりゃ自然と詳しくなる」との事だったが、鑑定迄してのける御門を見ると、自分には無理だと思うだけだった。
「まぁそれでも値打ちものではあるぜ。これだけ完璧な形を残してるんだ。美術的な価値も歴史的な価値も高いさ」
慰めるように東堂に向けると、御門は鎧を睨みつけた。
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