第33話
「蟄居…ですか」
侯爵家のサロンで、ジルダはカインの手を相変わらず優しく握っていた。
「ああ。正直、もっと重い罰でもよかったんだがな」
カインは、握られた手をじっと見ながら、昨夜侯爵から言われた罰について、ジルダに報告していた。
「夜会はこれまで通りロメオに頼んでくれ」
「私もお断りしておきますわ。寒いのは嫌ですし」
そういえば、ジルダは冬が苦手だったなと、カインは思い出した。
まだ秋の月だと言うのに、少し厚めの毛織物の上掛けを羽織っているところを見ると、今年の冬は早く冷え込むかもしれない。
確か、フェリスの毛皮は柔らかくて軽いから貴族の令嬢の中で人気なのだと聞いた事がある。
後でアレッツォに言っておくか。
カインはぼんやりとそんな事を考えていた。
こんなに穏やかにジルダと向き合ったのは何年ぶりだろうか――いや、そもそもどうしてあそこまでジルダを嫌悪していたのだろう。
「魔力のお戻りが遅いですわ。また3日後に参りますが、ご無理をなさらないでくださいまし」
ジルダがそう言って手を離そうとしたが、ぼんやりしていたカインは咄嗟にその手を握りなおした。
「カイン様?」
少しだけ眉根を寄せたものの、ジルダは静かに尋ねた。
その声に、カインはハッとして慌てて手を離した。
「私の――その、私の魔力がおかしいと言っていたと、父から聞いた」
慌てて言ったが、確かに尋ねたかった事だ。
これまで、ジルダはカインの魔力を黙って吸収し、黙って帰って行くだけだった。
ルーによれば、時折草竜に魔力を与えていたそうだが。
「カイン様の魔力は、2つ存在することはカイン様もご存知ですよね」
ジルダは静かに口を開いた。
「ああ。あの時から感じている、黒い魔力――」
「はい。その魔力が――いえ。確信が持てるようになってからお伝えしますわ」
ジルダがそう言うと、カインはそれ以上求めなかった。
「では、失礼いたします」
緩んだカインの手のひらから、ジルダの手が滑るように抜け出ると、ジルダはゆっくりと部屋を出て行った。
『親愛なるカイン 明日の昼食を一緒にとろう』
ロメオが来ると言う報せは、その日の午後にやってきた。
さすがに、侯爵が滞在している間は先触れを出すらしい。
カインはアレッツォに、ロメオの来訪予定を伝えると、父の書斎へと向かった。
侯爵が首都にいる間は、領地の仕事を手伝うことになっている。
窓の外は、もう陽が落ちかけている。
――今日はイレリアに会えないな。
カインは溜息をつくと、書斎への廊下を急いだ。
「どうだい?屋敷から出られない気分は」
翌日、昼食よりも早い時間にロメオを玄関先で迎えると、ロメオはニヤニヤと意地の悪い笑顔を浮かべていた。
「揶揄うためだけに来たのなら帰れ」
カインが分かりやすい苛立ちを見せると、ロメオは嬉しそうに笑ってカインの肩を抱いた。
「申し訳ないが、僕は親友を揶揄うためだけに遊びに来るほど暇ではないんだ」
追い返してやろうかと思ったが、今日は侯爵が屋敷にいるのだ。
公式にやってきたアバルト侯爵子息を無碍に扱うことはできない。
カインは苦虫を噛み潰したような顔で、ロメオをサロンに案内した。
「ジルダが世話になっている」
夜会のエスコートをしてくれていることは知っていた。
「いいさ。おかげで他の女性の相手をせずに済む」
ロメオはにやにやと軽薄な笑みを浮かべているが、女中が部屋から出るのを見届けると、真剣な表情になった。
「もう何かわかったのか?」
「ああ――と、言ってもいい話じゃない。侯爵にはもう報せは出しているが」
そう言うとロメオは声を潜めた。
「結界の魔法陣に細工の跡はなかった。――それ以前にあの塔を管理するのは我がアバルト侯爵家だ。塔に出入りできる魔導士全てを調べたが怪しい動きはなかった」
ロメオの報告は予想ができていた。
そもそも、魔力を暴走させる魔法なんて聞いたことがない。
そんな魔法があったなら、これまでにも何かしらの事件がおきているはずだ。
ロメオも同じ意見だったらしいが、カインは納得していた。
「カイン――自分を責めるなよ」
「ロメオ――だが、人為的な物ではないとすれば、原因は僕だ」
ジルダも、はっきりとは言わなかったが、侯爵には自分の魔力がおかしいと報告していた。
もし、自分が原因でないのなら、ジルダが――そんな。
カインはよぎった考えを振るい落とすように、激しく首を振った。
「街道の細工をした魔導士もまだ見つからない。公国からの回答も期待はできないだろうが、我が侯爵家も全力で調査をしている。君は――とにかく休め。この短期間で色々ありすぎた」
ロメオの言うことはもっともだった。
休め――と、言われてカインは今日初めて、ようやくイレリアの事を思い浮かべていた。
昼食が終わると、ロメオは帰って行ったが、昼食の席では案の定イレリアの話になった。
「侯爵の口からイレリア嬢を後見すると言う話が出たのは知っていたが――」
ロメオが苦笑いをすると、カインは少し得意げに胸を張ってみせた。
「侯爵家が後見するとなれば、彼女も貴族のようなものだ。これで君も文句は言えまい」
「たしかにね――なら、当然社交界にも披露目はおこなうんだな」
「まだ父とはそこまでは話していない。彼女も――貴族としての教育を始めるところだし、いつ頃社交界に出せるかも――」
言いかけて言葉を飲み込んだカインに、ロメオは悪戯っぽく笑ってみせた。
「美しい女性なのだろう?エスクード侯爵家が支援するのなら、さぞかし立派な貴婦人になることだろうな」
イレリアが……貴婦人に……
今も、美しく上品なドレスを着て、部屋で座っているイレリアはとても美しい。
出会った頃の弾けるような笑顔はなくなったが、優しく明るい笑顔は変わらない。
父から後援を告げられた時は、彼女を認めてもらったと有頂天になっていたが――カインは口に運ぶ予定だったパンを見つめた。
僕は――何か大きな間違いを犯したのではないだろうか。
だが、カインにはそれがどんな間違いか、答えを見つける事ができなかった。
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