第14話 特権 前編

 近頃、黛澄の隣には忙しない笹岼の姿が目に入る。理由は分かっているのだが、少々落ち着かない点も見える。

 体育祭の準備に関して、活動が活発になった生徒会が、黛澄の所属する吹奏楽部に競技中の演奏を依頼していた。もちろん引き受けた吹奏楽部は、気合十分に毎日練習を重ねている。


 笹岼が黛澄の隣にいる理由は、その選曲についてと練習の具合について話を聞いているからだ。

 選曲についてなんて、吹奏楽部の部長に権限があるというのに、どうして黛澄なのか。それとなく笹岼に聞いてみたが、部長より話しやすいからと一言告げられた。そうなんだ、と返したが納得がいかない。モヤモヤが残る。


「ねえ、乙葉、笹岼さんと黛澄さんって最近仲良く見えるよね。なんかあったのかな?」


 笹岼と黛澄が話す姿を前にして、花撫に聞いてみると、後ろ髪を束ねる赤いリボンを結び直しながら興味なさそうな顔をしている。


「別に何もないでしょ、体育祭の準備で忙しいだけだよ。何、もしかしてみおりんも黛澄くんのこと気になってるの?」


 花撫は、ギラリと眼を光らせてこちらに振り向く。質問の仕方を失敗したと後悔し、笹岼さんのことが気になるだけ、とはぐらかそうとしたが「みおりんってそっちの気があるの?」と余計な誤解を生んでしまった。

 でもやっぱり気にしている子もいて、帰りに偶然、一緒になった姫鞠姉妹とその話題になり、二人はどうしてかと疑問を抱いていた。


「最近さ、黛澄くんと笹岼さんの距離近いよね。物理的な意味じゃなくて、心の距離感というか、楽しげに話してる姿をよく見る気がする」


「日向がそう思うなら、そうなんだと思う。確かに・・・・・・理由はともあれ笹岼さんが相談することじゃないと思う。会長さんが部長さんと話すべき内容だと思う」


 月詠は、日向の言った事に賛同して意見を言うが、どこか元気が無さそうに見える。


「だよねだよね! 美織ちゃんもそう思うよね?」


 と話を急に振られたら、黒原は首を縦に振るしか出来ない。


「そ、そうだね。でも​───────」


 黒原は、あまり元気の無い月詠に気を利かせる。黛澄が笹岼と良い感じかも、なんて話を聞いたら気持ちがある人は誰でも嫌になる。現に黒原の中のモヤモヤが膨らんでいっている。


「でも、仕事で話している訳だし、深い意味は無いと思うよ。それに笹岼さんは、月詠ちゃんと乙葉が黛澄さんの事を好きって言うの知ってるし、だからこそ、そういう気持ちは無いと思う」


 と口は動くが、実の所はそうであって欲しいと願っている自分がいた。あくまで理想であって現実はそうでは無いかもしれない。

 笹岼は黛澄の事が本当は好きで、もしくは好きになってしまって、黒原と同様に隠れて仲良くなっている。そう考えても可笑しくは無い。

 日向は黒原の意見に首を縦に振って、そうだよね、と納得してくれたが、自分はスカートの裾を握り締めて悔しい思いを抑えることしか出来ないでいた。


 笹岼さんは、黛澄さんの前で笑顔を見せる。冷静に考えたら普通の光景なんだけど、照れくさそうに自分の腕をさすったり、上目遣いで話していたり、体育祭の資料をみせる時に距離が近かったりと、正直耐え難かった。

 乙葉がそれを見て、何も動揺しないのが不思議でしょうがない。


「黛澄さんって最近、笹岼さんと話す事増えたよね。いつの間に仲良くなったの?」


 せっかく隣に座っているのだから、それとなく本人に聞いてみた。すると、黛澄は体育祭の事で話しているだけだと答えた。

 真意を確かめるべく、黒原は頭を使って答えを誘導する。


「本当に? それなら良いんだけど、クラス中で二人が付き合ってるって噂になってるからさ。本当にそうなのかなと思って」


 と言うと黛澄は慌てて答えてくれた。


「え!? 嘘でしょ!? 僕は笹岼さんと付き合っていないよ! いつの間にか誤解を生んでいたんだね、申し訳ない」


 彼は頭を下げて詫びた。まさか付き合ってるなどと噂になっているのはつい知れず、笹岼と仲良く話していた黛澄は、やっちまったと複雑な表情をしていた。


「僕はあくまで、体育祭の楽曲について相談に乗ってもらってただけだから、そういう男女の恋愛なんてこれっぽっちも関係ないから」


 楽曲についての相談、やはりそれについて蜘蛛の糸のように引っかかって払いたくなる。本来、部長と会長、もしくは先生が決めるはずだがどうして黛澄なのか。

 どうしてもすっきりさせたい黒原は、勝手に動いた口を止められなかった。


「その話ってさ、黛澄さんが相談する必要あるの? 普通は他の人が決めるんじゃないの? 部長とか先生とか」


「あー、実はその部長と先生が、次期部長になる僕に判断を委ねてきたんだよ。そこで、笹岼さんが僕に使える楽曲を提案してくれて、今は候補から何曲か決める予定なんだけど、まだ決まってなくてね。だから、笹岼さんの力を少し借りてるだけ。特に深い意味は無いよ」


 ただの相談相手、よく言う浮気の一歩手前の行動ではあるが、黛澄なら信用出来る。特に付き合っている訳では無いが、彼が言う事はどことなく信用が出来る。それでも、楽曲についてなら自分に相談して欲しかったなと、黒原は少し寂しさを感じる。


「そっか、黛澄さんがそう言うならそうなんだろうね。でも、気を付けないと、またすぐに噂になって面倒な事になるからね」


「は、はい、気を付けます」


「うん、よろしい」


 誤解は解けた。正直に言うと、クラス中の噂になっているというのは全くの嘘、黛澄から聞き出す為の口実である。誤解をしていたのは、おそらく黒原だけだ。

 隣の席だからこそ、二人の秘密の時間を楽しんでいたからこそ、彼の事が好きだからこそ誤解をしてしまった。

 黒原にまとわりついていた蜘蛛の糸は、綺麗に払われて、今ではとても気持ちが良い。

 黛澄はまだ誰のものにもなっていない、ただそれだけの安心感に、ほっと胸を撫で下ろすのだった。

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