第56話

 カノンは俺の目を見つめる。


「分かった。だが、バスローブ姿でここにいるのは良くない。変わらず接するのと周りを気にしないのは別問題だ。すぐに着替えて来てくれ」

「……分かりましたわ」


 カノンは俺から降りて上に向かった。

 そしてあらかじめ用意していたと思われる服を着て戻って来た。


『おおおおおお!めっちゃ美人やん!』

『体のラインが、いい』

『大人っぽいと思っていたけど大人だったんだな』


「まずは座ってくれ」


 俺は横の椅子をポンと叩いた。

 カノンは椅子に座ってくれた。


「奴隷の身分で女性なら危険があった。アクアマリンだって体を守る為に年齢を偽っていた。そこは気にしなくていい」

「違いますわ。わたくしはあなたに会うために奴隷と偽り、近づきましたわ」

「だが、奴隷契約を結んでいる」

「信頼していましたから、わたくしの話を聞いて欲しいですわ」


「聞こう」

「わたくしは貴族の家に生まれましたわ。バンビーノ家、と言えば分かりますわね?」

「散財を辞められず没落し取り潰しになったバンパイア貴族か」


「その通りですわ。わたくしはその貴族の子供でしたわ。父も母も見栄の為にお金を使い、借金を重ね、そしてわたくしは調度品より遥かに安い値段で奴隷として売られましたわ」


 最終的に親も奴隷に落ちたはずだ。


「わたくしは多くの奴隷と共に狭い地下室で暮らしていましたわ。食事は日に1回、売られた先の領主が悪く、奴隷の扱いは明らかに違法でしたわ。幼くして売られ、数年そこで過ごしましたわ」


「そんなある時、一人の男がたくさんいる奴隷をまとめて購入しましたわ。そして連れられた先は『救い手孤児院協会』ですわ」

「ちょ、待て、分かった。ゆっくり2人で話をしようか」


『救い手孤児院ってまさか!お母さんが立ち上げたのか!』

『あり得るな。万能の救い手→救い手孤児院となればしっくりくる』

『お母さんが急に焦りだした。カノンタンの予想外な奇襲攻撃が面白い』

『正体を隠していたと見せかけての孤児院暴露コンボかwwwwwwwww』


「万能の救い手イクスにより立ち上げられた救い手孤児院協会でわたくしは健やかに育ちましたわ。イクスさんは覚えていないと思います。わたくしは大勢いる奴隷の1人でしたから。私1人を助けたことなど、イクスさんの偉業の切れ端にすら過ぎませんわ」


『言った!丁寧に言った!』

『無意識に息の根を止めるスタイルwwwwwwww』

『いつも冷静なカノンが今だけは必死だ。色んな事が重なってできた奇跡に感謝だぜ』

『カノンは自分の正体を明かしたことで余裕が無いんだな』


「ですが助けてもらったわたくしは、あの時のイクスさんの笑顔を忘れてはいませんわ。少しだけ不器用そうで、それでいて優しい、そんな笑顔が忘れられませんでしたわ。そんなある時パープルメアさんが子供と遊ぶ為孤児院を訪れた際にわたくしはその事を告白しましたわ。パープルメアさんはわたくしの話を涙を流しながら聞いてくれましたわ。そしてわたくしはパープルメアさんに引き取られたのです」


『パープルメアは子供好きだからな。たくさんの生徒を引き取って育てている』

『パープルメアに育てられたからあんなに強かったのか』


「わたくしはたくさん働き、たくさん訓練を受けて、たくさんの魔物を倒しましたわ。そしてわたくしが大人になったある時、パープルメアさんは真実を話してくれましたわ。助けてくれたのは万能の救い手イクスだと」


「そろそろ疲れただろう。休憩にしよう」

「大丈夫ですわ」

「俺は少し疲れた」


「コーヒーをお持ちしました」


 受付嬢がコーヒーを持って来た。


 話を遮るなと無言の圧力を感じる。


 黙って聞いてあげてと言われているような気がした。


「それから毎日毎日、イクスイクスイクス、時間が出来るとその事だけを考えていましたわ。そしてわたくしに転機が訪れましたの。アクリスピさんが訪ねて来ましたわ」


 バキャ!


 俺はアクリスピの名前を聞いた瞬間にコーヒーカップを握り潰してしまった。


 俺はテーブルを拭きながらつぶやいた。


「アクリスピか。あいつか!」


『お母さんの顔が面白い』

『笑いすぎて腹が痛い!』

『来た来た来た来たああああああああ!』

『アクリスピ来たアアアアアア!』

『流れが読めてきたぞ』

『アクリスピ!犯人はあんただ!wwwwwwwwww』


「アクリスピさんはにこにこしながら、『イクスは大人だと警戒する。子供には甘々』そう言ってパープルメアさんに頼んでこの腕輪を作ってもらっていましたわ。ですが、いざ奴隷として正体を偽り再会し、同じ時を過ごす内に子供として甘えられる嬉しさはありましたが、その反面罪悪感がこみあげて来ましたわ。わたくしはイクスさんを騙していると」


「確かに嘘は良くなかったとは思うが、変わらず接すると約束した。悪いのはアクリスピだ。ああいう風になってはいけない。もっと紳士的に、いや、もっと淑女としてこれからも行動して欲しい。急に暴れ出したり人をからかう大人ではいけない!アクリスピのようにはならないでくれ!」


『お母さんが怒っている』

『お母さんアクリスピを敵視しすぎて草』


 バタン!


「フライドポテト!ボウル山盛りで!」


 アクリスピが勢いよく扉を開いた。


 俺は無言で風魔法を使い、アクリスピを吹き飛ばした。

 

 そして流れるように椅子から立ち上がってアクリスピを空に投げ飛ばし、風魔法で更に打ち上げた。


 そして雷撃を放つ。


 バチバチバチ!


 炎で焼く。


 ブオオオオオオ!


 更に土魔法で岩をぶつけた。


『紳士とか淑女と言った瞬間に暴力か』

『今お母さんの動きが早すぎて見えなかった』

『気づいたらアクリスピに魔法を放っていた』

『前言撤回かよ!』

『でも、アクリスピにはあんまり効かないんだろうな』

『なんだかんだでお母さんは手加減するだろ』


 アクリスピはシュタっと着地して構わずギルドに入った。


「ポテト!ボウル山盛りで!」

「そんなメニューは無い!パンサンドメニューしかない!」

「パンサンドセット5つ!」

 

『ボウル山盛りってなんだ?』

『アクリスピTUEEE!』

『フライドポテトを食べる為に南から来たのか!』

『アクリスピならやる』


 コメントが大量に流れる。





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