第37話

 パチパチパチパチ!


 ギルド員が全員で出迎え、冒険者も立って拍手する。


「いや、おかしいだろ」

「お母さん、今の感想は?」

「今配信するのはおかしいだろ?色々おかしいだろ」


 ギルド長のメガネイが歩いてきた。


「イクスさん、新しい土地の候補は絞ってあります。ここかここか、後はここですね。値段も記載しておきました。少しでも協力したいとギルド職員が作ってくれたのです」


 地図に候補の場所が赤く塗られ値段が書かれている。


「この3400万の所を買う」


 俺は安い土地を購入した。

 3400万ゴールドは高く感じるが、住宅地と農地の間でそこまでギルドから離れていない。

 そして酪農を運営出来るほど広い。

 家さえ建てれば快適に過ごせる。


 俺は皆の装備を作った後、毎日家を作り続けた。

 ニャリスは定期的に作っている様子を配信しに来た。

 アクアマリンは毎日俺にリカバリーをかけに来た。

 カノンはたまにお菓子と紅茶セットを持って来てティータイムを一緒に楽しんだ。




 家が完成した。

 3階建てて入ってすぐの所に玄関があって次の部屋は大きなホールになっている。

 そこで料理や食事、おしゃべりが出来るようになっている。

 奴隷が孤独にならないようにおとなしい子でも話しかけられるように工夫したのだ。


 更に大きな風呂とサウナを完備し、小さめの個室を多く作ってある。

 それとほぼ同時に奴隷少女100人が奴隷から解放された。


 俺はみんなを呼んだ。

 アクアマリン達だけでなくアクリスピも入って来た。


「おお!これは良い家だね!」

「ニャリス、これも配信するのか?」

「そうだよ?」


「まあいい、皆で部屋を決めてくれ。決まったら扉に名前を付ける」


「「わーい」」


 100人の少女が家の中を見て回る。


「皆でティータイムにするのですわ」


 カノンがお茶とお菓子を取り出した。

 アクリスピが最初に座ってお菓子を食べだす。

 続いてアクアマリンと俺が座る。


「ニャリスは座らないのか?」

「私は取材配信をしてるからいいよ」


『俺もここに住みたいわ』

『家賃はいくら?』

『いくらで住めるか聞いてくれ』

『お母さんの呪いがひどくなってないか?』


「家賃はいくらかな?」

「まだ決めていない。EランクとFランクからは取らない予定だ」

「いい、ここに住む」

「アクリスピ、家賃はいいからたまに食料を持って来てくれ」

「ん、分かった」


「Dランク以上ならいくらで考えるか聞きたいな。感覚でいいよ」

「そうだな……月に1万ゴールドにしてみる。途中で変更する可能性もあるぞ」


『やっす!田舎のブルーフォレストでもぼろい部屋を借りて3万とか2.5万するぞ』

『きれいな所を借りたら5万する』

『お母さんは維持費分を払って貰えればいいんでしょ?」

『土地税と消耗品の経費か』


 少女が戻って来た。


「お母さん、ここで野菜を植えていいですか?」

「通路の邪魔にならなければいいぞ。ただ、家を増設する事になれば畑を潰す」

「ありがとうございます。作ります」


「ここで料理して良い?」

「作ってみてくれ。少ないけど食器や鍋なんかはある。材料は適当に出しておく」


 俺は素材やら調味料を取り出した。


『どんどん生活水準が上がっていく』

『元奴隷は自分で動く子が多い印象』

『ハングリー精神があるからねぇ』


「お茶の用意が出来ましたわ」

「皆の分もあるか?」

「当然ありますわ」


「私が紅茶を入れたいです」


 少女が話しかけてきた。


「いいですわよ」


 俺は少女の注いでくれた紅茶を飲んだ。


「うん、うまい」


『お母さんほっこり』

『いい笑顔だ』

『人柄が伝わって来るわ』


「イクス、呪いが広がってる。大丈夫?」

「ん?ああ、首にもまだらが出て来たな。しばらく寝て過ごす事が多くなるか。紅茶とお菓子を頂いたら帰るわ」


「「え?」」


「ここに住まないの?」

「ここに住みましょう」


「いや、俺の目標は皆の自活だ。俺は宿屋で過ごす。皆で土地税やら色々話し合ってやりくりして欲しい。それと一人になってお金の計算をしたい。次の奴隷を買う計画を考える」


『奴隷を買うほど赤字だからな。ゆっくり時間をかければ利益が出ると思うけど、お母さんは早く結果を出したがる』

『成功のイメージを皆に見せたいんだろうな。奴隷にも、配信を見ている人にも』


『いままでお母さんが武具を作って安く抑えていたけど、寝て過ごすならさらに高くなるだろう』

『これは、奴隷開放は誰もやりたがらないだろう。今まで英雄チートで結果を出していたようなものだ』



「分かり、ました」

「残念ですわ」


「俺が寝ている間、奴隷の解放を手伝ってくれないか?」

「分かりました!」

「出来る事なら何でもしますわ」

「私もやるよ!」

「助かる」



 俺はお茶を飲んで宿屋に向かった。




 ニャリスの配信はまだ終わらず、家の紹介が続いていた。

 イクスは気づいていなかった。

 コメントが荒れている事に。


『あの呪いやばくないか?』

『涙が出て来た。ゲームとおんなじじゃないか。どんどん矢面に立って呪いが進行している』

『昔と変わっていない。あんた、真の英雄だよ』

『たった100人を救うのにここまで時間をかけている。動きが遅すぎるし全然結果が出ていない。たった100人を解放しただけじゃこの国の奴隷制度は何も変わらないし奴隷の数はそこまで変わっていない』


 このコメントによって良心的な視聴者が怒り出した。


『↑そこまで言うならお前が救ったら?』

『こいつは子供なんだろう。スルーでいい』

『子供じゃない!馬鹿にするな!』

『子供じゃないならもっとやばいだろ?お母さんは100人救った。でもここから1000人、1万人と解放される奴隷が増えていく可能性もあるわけだ。今だけを見て未来を予想できない点がやばすぎる』

『おいおい、救えていない部分じゃなくて救っている部分に目を向けようぜ』


『あれだ、解放された奴隷が2人の奴隷を解放していったらネズミ算式に奴隷が解放されていく。そうなれば時間を掛ければたくさんの奴隷が救われていくんだ』

『この前はアニスを売っていた。その子を助けていないだろ!助けられなかった子もいる。今そいつは犯罪者奴隷を買って儲ける冒険者派遣商会で奴隷として戦っている。全然救えていない!』


『アニスは借金奴隷なのに犯罪者奴隷と同じ扱いを受けたか』

『1人救えていないから全然救えていないは極論すぎる』

『サイコパスのアニスか。100人救って1人救えなかった。結果99%以上救っているだろ。それにお母さんはある程度の癖には目をつぶって奴隷に寛大な方だぞ。100%救えないなら意味がないとかそういう極論バカがいい事をしようとする人を批判して潰し続ければその先にあるのはディストピアだ』


『お母さんが求めているのはお母さんのやり方をアレンジしたり、まったく新しいやり方で奴隷を解放する事なんじゃないか?つまり批判じゃなく、お母さんよりうまく奴隷を解放する存在が現れる事だ。お母さんを超える別のやり方をやってみたらどうだ?俺は出来んけど』

『↑難易度高すぎだろ』


『家を作ったのはこの先に繋がる布石だ。家を作る事で奴隷少女の生活が楽になる。こういう1つ1つの積み重ねが未来を変えていく。俺は助けようとする人をただ批判するのは良くないと思う』


『あいつは英雄じゃない!アニスを救っていない!英雄ならすべてを救わないのはおかしい!あいつは何も出来ていないし奴隷は解放されていない!!意見を言うなら自分でやれと言う方が極論だ!』


『もうちょっと柔らかく書いたらどうだ?お前のコメントは意見というより批判だ。ただあいつはやっていないじゃなく、自分でやってみる方が国が良くなるだろ?』


『仮にだ、商会を立ち上げたいとする。何もやっていないやつの批判と、商会を1から作り上げて複数の事業をやっている会長だったらどっちの意見を聞く?俺なら批判するだけの奴より会長の話を聞きたい。知識があるだけの人と実際に作り上げて経験してきた人とでは言葉の重みが全然違う。これは何かをやった事がある人なら分かると思う』


『まああれだ。批判=簡単。応援して手伝う=難易度が高い。先頭に立って助ける=超高難易度。つまり口だけなら何とでも言える。ただ駄目な所を見つけるだけで批判を続けていると助けてくれる人が離れてしまう』

『イクスは何も出来ていない!俺の意見を批判しておいて批判は駄目だとかおかしいだろ!』





 この後コメントは全くかみ合わないまま炎上し続けた。




【アニス視点】


 私はギルドカードを壁に投げつけた。


 何がお母さんよ!

 あいつは何も救えていない!

 あいつのおかげで私は冒険者として苦しい思いをしている!


 あいつのせいだ!


「おい!休憩はもう終わりだ!ギルドカードはちゃんとしまえ!」

「ひい!」

「アニスううううう!また口答えしやがったら苦痛を与えてやるからな!こっちはギルドカードと寝る場所まで供給してやってるんだ!高待遇で奴隷にしてやってるんだ、早く働いて返せよ!」


「は、はい!」

「まあもっとも、お前が解放されるには10年以上かかる!その前に死んだら一生奴隷の人生だ!必死で生き延びろよ」


「……」

「はいはどうしたあああ!」

「はい!」

「魔物と戦え!」

「はい!」

「動けなくなるまで働け!」

「はい!」


「よし!ダンジョンに行ってこい!」

「はい!」




 その後、アニスは惨めな人生を送り続ける事になった。

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