妖精と人間が共存する世界の、妖精の方に生まれ変わったような気でいた

和泉公也

序章

ここは、どこ? そしてあたしは……?

「ん……、ここは?」

 私は重い瞼をゆっくりと広げた。

 どことなくじめっとした青臭さが鼻腔に漂ってくる。何故か地面が巨大なハンモックにでも揺られているかのような、頼りない安定感だ。

 空から零れてくる日差しが眩しい。

「あれ? あたし、外で寝てたっけ?」

 空を見上げる。高い木々の隙間を埋め尽くすように、葉っぱが生い茂っている。ていうか、高過ぎじゃない? あの木。

 つるん、とした地面の感覚もおかしい。こんなところで寝ていた記憶は全くない。

 私はゆっくり下を見た。

 ――真緑、だ。

 しかも、うっすらと線が浮き出ている。

 実家の畳を思い出させるかの色味だが、畳では断じてない。少しだけ後ろに下がると、冷たい感触がお尻に当たる。これは、水? もしかして……、

「朝、露?」

 分かった。巨大な葉っぱなんだ、ここは。床の線を辿っていくと、上の方に茎のようなものがある。うん、間違いなくここは葉っぱだ。

「おい、新しい仲間が誕生したぞ!」

「本当?」

「どんな子かしら?」

 突然、周囲からガヤガヤと声が聞こえてきた。

 どこに人がいるのだろうか? あたしは混乱しながら、辺りを見渡した。

「おお、可愛い子じゃないか」

 誰かがあたしの顔を覗き込んできた。緊張感の欠けた、少しふっくらとした顔つきに、無精髭を生やしたオッサンだ。ナイトキャップかサンタクロースを思わせるような三角形の帽子を被っていて、茶色いチョッキを羽織っている。

 まぁ、それはいい。

 問題は――、

「なんで、羽が?」

 目の前にいるオッサンの背中から、蜻蛉を彷彿とさせる羽が生えていた。

「あらあら、本当ねぇ」

 今度は髪の綺麗なお姉さんが来た。薄緑色のワンピースに、これまた羽。今度はピンク色の、蝶々っぽいデザインだ。

「ふふん、私の可愛さには負けるけどね」

 いかにも生意気そうな、小さな女の子。今度は背中に、白い鳥のような羽。

「お嬢ちゃん、立てるかい?」

「怖がらなくていいのよ」

「名前は何て言うんだ?」

 次々に群がる連中。その背中には、羽、羽、羽……。

 何なんだ、コイツらは。大きな仮装パーティでもやっているのか?

 大体、何であたしはこんなところにいるんだ? どうやら森のようだけど、そんな場所に立ち入った記憶はない。それに、あたしが乗っかるような大きな葉っぱがこの世界に存在しているはずが……


 ――この、世界?

「ねぇ」

 あたしは思い切って、目の前にいるオッサンに尋ねた。

「お、喋った」

「いや、そこ驚かれても……。じゃなくて」あたしは一度咳払いを挟んだ。「ここは一体、どこ……?」

「ここがどこ、だって?」

 変なこと聞いちゃったかな?

「生まれたばかりだから仕方がない、か」

「どこから話せばいいのかしら?」

「わたくし、鏡を持っていますわよ。これでご自身の姿を確認してはいかがかしら?」

 茶髪の上品そうな女性が、あたしに鏡を見せつけてきた。

 二つ結びになった、長い金髪。どこか幼さが残る少女の姿。下が微妙にハイレグ状になった、薄い青色のワンピース。

 そして……、

 背中に、蝶々のような羽が生えている。

 映っている人物の容姿は、紛れもなく自分が知っているそれとは、かなり、どころか完全に異なるものだった。

「さて、今日は新しい仲間が増えたことを祝して宴といきますか!」

「ちょっとぉ。それよりも、この子を案内することが先でしょ」

「うむ。我らが妖精妃ようせいひ様にご挨拶もせねばな」

 ――よう、せい、ひ?

「そうねぇ。この子のマナが何の属性かも診てもらわなきゃいけないし」

「妖精妃様に名前も授けてもらわないと」

 ――だから。

 コイツらの羽音が煩い。それ以上に、好き勝手に盛り上がっているコイツらの会話が煩い。

 ――落ち着け、私。

「とりあえず、ここはどこなの?」

「あぁ。ここは聖域だよ。世界中のマナが集まり、我ら妖精が誕生していく地だ」

「へぇ……」

 空返事をしながら、あたしは頭を抱えた。マナ? 聖域?

 それよりも……、

「妖精って、」

「おう」

「アンタ達、妖精、なの?」

「? そうだが?」

 集まった連中が不思議そうにあたしのほうを見てくる。まぁ、確かにそんな感じの見た目はしているよね。

 ってことは、つまり?

「あたしも、妖精……、なの?」

 そう尋ねると、

「当たり前じゃないか」

「この聖域で誕生したのだから、妖精以外の何者でもないわよ」


 ……。


 えっと、えっと、えっと……。

 つまり、その。

「あたし、もしかして……」

 もう一度鏡を覗き込む。確かにそこには、あたしが知っている限りのあたしはいない。代わりに、小さい頃に絵本で見たことのあるような妖精の姿がそこにいる。自分で言うのも何だけど、すっごい可愛い。

 いや、そんなことよりも。

 何で、こんな姿に、なっているの?

 言葉を発することもできず、あたしの顔の筋肉が、一気に硬直した。

「あ、あ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――」

 夢だ。これは夢、だ。

 自分の頬をつねった。ぎゅっと痛みが迸る。うん、これは夢じゃない。

「とにかくめでたい!」

「そうだな、めでたいめでたい!」

 ――何がめでたい、だよ。

 あたしは、今。


「妖精に、なっちゃってんじゃあああああああああああああああああああああんッ!」

 素っ頓狂な声を、聖域中に響き渡らせてしまった。


 そして、沸々と記憶が思い起こされてくる。

 あたしが生まれ変わる前……、

 死んでしまった、その瞬間のことを。


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