172 王都を防衛していたのはフォーコだった!

 すぐに行程の半分まで来たので休憩にする。平気そうでも疲労はあるかもしれないので。

 アルは荷台を繋いだバイクをしまうと、日差し除けに天幕を出し、その下に六人掛けのアウトドアテーブルセットを出した。

 『こおりやさん』店舗の時に使ったものである。

 そして、氷を入れた紙コップに果実水を注いで配る。


「え、もう休憩なのか?まだ十五分ぐらいしか走ってないと思うが」


「そうだけど、日差しが強いから念のため。喉が乾いたと思った時には既にかなり水分が失われてるから、脱水にならないためにも早目早目に」


「ねぇ、お兄さん。あの乗り物、何か涼しかったんだけど、そういった魔道具設置してた?」


 早速、紙カップを手に取ってからフェイがそう訊く。


「ああ。冷風で乾くからそれもあって。適度な湿気を保つのも出来るだろうけど、既に施してあるものとの兼ね合いが問題でさ」


「何してる人?」


「冒険者兼錬金術師でもあり、たまに商人」


「…ええっと」


「フェイ。くれぐれも誤解するなよ。色々出来るこの人だけが特別だから!」


「そんな誤解しないよ~。そこまで世間知らずじゃないし!でも、冒険者って強いの?」


「ああ。ロックドラゴン程度は余裕で倒せる」


「…程度とか言わないでくれるか?」


「分かり易いかと思って。鍛え過ぎても筋肉が重くなって素早く動けなくなるし、関節を傷めるから、強さの目安にはならねぇよ。体重があると攻撃も重くなるから有利にはなるけど、それは魔力が使えねぇのなら、の話。身体強化は知ってる?」


「知ってる~。速く動けたり、力持ちになったり、拳を硬くしたり出来るんだよね」


「そう。身体強化は素の…魔力を使ってない状態の身体能力にも左右されるんだけど、過剰な強化は身体が壊れるだけだからな。筋肉付けるのも魔法使うのも何事も程々にってことだ」


「何となく分かった。でも、お兄さん、痩せ過ぎじゃない?」


「痩せ過ぎてはいねぇよ。成長期と重なって筋肉が中々付かねぇだけ」


「そうなの。…あれ?氷入ってる。いつの間に出したの?」


 フェイは二回目飲もうとした所で、やっと気付いたらしい。


「紙コップを出した時」


「魔法使う時って、うにゃうにゃ言わないとじゃなかったっけ?」


「うにゃうにゃって…」


 アルはつい笑ってしまった。猫か。


「かなり少ないけど、まったく詠唱なしで魔法を使える人もいるんだよ。このアル殿のようにな」


 カルマンは何やら迷っていたようだが、殿付けにしたらしい。


「その差は何?」


「詳しくは分かってないが、熟練度、だと言われている。たくさん使う程、イメージが固まるからだろうな」


「へぇ」


「イメージは確かに重要だな」


 アルは皿をテーブルに出すと、手のひらサイズのロックドラゴンの氷像を皿の上に出して見せた。


「…一瞬であっさりとこんなに細かい細工なんて出せないから!普通は!」 


「何かゴツゴツしてるトカゲ?」


「ロックドラゴン。フォボスダンジョンのダンジョンボス。食べられる氷じゃねぇから舐めねぇように。腹壊すぞ」


 まるっきり透明だと見難いので、半透明に白くなるよう少し空気を入れてある。


「舐めないよ。でも、何で氷?溶けちゃうのがもったいない」


「溶けるからこそ。カルマンさん、何かスゲェ値段付けそうだし」


「儲かるならいいじゃないか」


「よくない。キリがなくなりそうだから」


「…まぁ、区切りは必要かもな」


 そこで、アルの探知魔法の範囲内に魔物が入った。空だ。


「お、流れのワイバーンか」


「え、どこ?」


「どこだ?」


「まだ見えない。北の空。こっちの方向。もう五秒ぐらいで一般の人の視界にも入る。点、ぐらいだけど、形が分かるのはもう二秒ぐらい後か」


 前もワイバーンが来る方向、北で遭遇したので、ワイバーンが移動する何かがあるのかもしれない。アルたちは王都から南のアステールの街に行く途中で、その北にワイバーン。


 …ワイバーン、王都狙いでは。

 高台に王宮が建っているので空からも見付け易い。


「このままだと王都が…」


「やっぱ、そう思う?上空対策どころか、魔法対策なんかまったくしてねぇ杜撰ずさんな警備体勢なんだよなぁ。王都って」


【マスター、フォーコです。ワイバーン一匹が王都に接近中、わたしが対処しましょうか?】


 そこに、フォーコから通信バングルを通して連絡があった。


『あーなるほど。今までもフォーコが対処してたんだ?』


 アルは納得しながら念話通話で返す。王族や幹部ぐらいは知ってそうだ。ダンジョンのおかげ、とまでは知らなくても『守り神的な何かが守ってくれている』と。


【はい。わたしの縄張りですから】


『今回はいい。牽制も兼ねておれが行く』


 アルは念話通話を返すと立ち上がった。


「ここには結界が張ってあって安全だから、見学してて。ちょっと行って来る」


 そう言って、簡易足場結界を蹴って空へと跳び上がり、同じような一時的な足場結界を次々作り、タンッ、タンッ、タンッ!という感じで蹴って加速した。

 上空だと影転移で誤魔化すには難しいので。王都までそう遠くないのでさほど時間は変わらない。


 王都上空だと血しぶきの処理が面倒なので、アルはワイバーンを蹴って上空からどけてから首をね、すぐに収納した。

 戻りは影転移でテーブルの影から出る。


「はい、おしまい」


「…一体何が…あれ、ワイバーンは?」


「ここに」


 頭だけ出して見せてやった。


「……ワイバーン?」


 現実味が薄いらしく、カルマンに呆然と聞き返された。


「ワイバーン。蹴って首刎ねてすぐマジックバッグに収納しただけ。戻りは影転移で。知ってる所なら影転移出来るから」


「いやいやいやいや、ワイバーンってそんなに弱い魔物じゃなかったハズ、なんだが、…アル殿だしな……」


 何やら諦観が入った。


「…Aランクでしたよね、ワイバーンって」


「…初めてこんなに間近で見た…」


「…お兄さん、空蹴ってなかった?飛んでないんだけど…」


「飛べるけど、飛ぶより足場作って蹴って行った方が速いんで。足場も一時的な結界」


 血が流れて臭くなるので、ワイバーンの頭はさっさと【チェンジ】でマジックバッグに収納した。流れた血の部分は土魔法で地下の土と交換しておく。

 そして、風魔法で空気も入れ替えておいた。


「……んん?お兄さん飛べるの?」


「飛べるけど?」


 アルはその場で軽く浮いて見せる。…これは、浮くか。飛ぶだともう少し高く、とその周囲をぐるっと回って降りた。


「飛ぶのって難しいんじゃなかったっけ?」


「人によるんじゃね?」


「かなり難しい、で合ってるぞ!フェイ!あんな移動の仕方も出来ないから!」


「結界魔法を覚えて練習すれば出来ると思うけど」


「結界魔法の使い手自体、かなり少ないんだが?」


「使えても、面倒なことになるから隠してるだけだと思うぞ。護衛には持って来いだし。おれは他も色々と規格外なんで、何にしても面倒なことに」


「アル殿はあまり隠そうという気がないように見えるが」


「『こおりやさん』だと教えたんだから、今更だろ。自動販売魔道具もバイクも使わなければ、作った意味ねぇし」


「あ、そうそう、『こおりやさん』ってどうしてあんなに安い値段で商売したの?かなりの赤字だよね?」


「売上が目的じゃねぇから。最初に店舗で売った時は、採算は取れてたんだよ。ただ行列が近隣の店や家に迷惑かけてたから三日間の予定を切り上げることになったのが不完全燃焼で。で、何とかならないか考えた結果が自動販売魔道具を量産して、あちこちに設置しての物量作戦だったワケ。優秀な仲間がいるからこそ、やれたことだな」


「売ることが目的で売上じゃないってこと?え?」


「それで合ってる。目的は娯楽と同情。暑いと冷たいもんが食べたくなるだろ。ただそれだけ。ま、治安の悪さが浮き彫りになっちまったけどな。それも掃除が出来たんで前よりはマシになったし」


「…強盗がやっぱり出てたのか。強盗しようとしてる連中がいた、ような?で商人同士の情報でもはっきりしなかったが」


「対処が早いからそうなったんだよ。さっきの通りにな。国王たちにもう一つ貸しが出来た」


「…お知り合い?ひょっとして他国の王族とか?」


「ないない。あまりに治安が悪いから仲間がキレて『仕事しろ!』とねじ込んだら、案外聞き分けがよかった、って話。勅命なのに無視されまくってて権威は?って話だけど」


「よく分かんない」


「理解しなくていいように話してるから、それで正解。…さて、そろそろ行くぞ」


 テーブルセットを片付けてから、荷台が繋いであるバイクを出した。再び乗り込ませてスタート。


 何の妨害もなく十数分でスムーズに目的のアステールの街に到着。

 並んでる人たちや門番には驚かれたが、検問で止められることなく徒歩で街に入り、「トルタハーダ商会アステール店」の倉庫にマジックバッグに入れて持って来た荷物を出したら、依頼終了だった。



 カルマンにサインをもらうと、アルは冒険者ギルドへ行き、達成手続き。報酬ももらう。規模は小さいがこの街にもギルドがあった。

 まだ昼前。

 早目に昼食というのもいいかも、と思いながら市場を歩く。アステールの街は王都の隣の街で普通の馬車でも一日少しと近いので、王都にある店の支店が多く出ており、あまり変わり映えはしない。


 食文化はエイブル国の方が高い。特にパンの美味しさは段違いだ。

 …うん、アリョーシャの街はアルの顔を見知った人たちが多過ぎてマズイので、パラゴに行って食べるか。

 そう決めたアルは再び門から出ると、物陰に隠れてパラゴに転移した。面倒だが、通っておかないと後で不審に思われるので。

 好きな時、好きな所でご飯を食べるのに転移を頻繁に使っているのは、空間魔法使いの中でもアルだけだろう。

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