第8章・海辺のトモスの街
117 部屋付き露天風呂温泉がある高級宿!
そうやって、一週間程、アリョーシャで依頼を受けていたシヴァだが、そろそろエイブル国アリョーシャの街、ラーヤナ国キエンの街以外の他のダンジョンに行くことにした。
アルがあまりに消息不明のままというのもマズイので、交替、というワケである。
アリョーシャの街からシヴァは騎竜で出発し、途中で降りてアルに戻り、キエンの防壁側に転移。
そこから人気のない所で騎竜に乗り込み、キエンから北西の結構遠い海沿いの街、ダンジョンのあるトモスの街に向かう。もちろん、隠蔽をかけて。
一週間と少し、アルが誰にも見られなかったのは、移動してました、という感じである。バイクを使っても速過ぎる移動だが、そこまで足取りを追う奴はいないだろう。
【変幻自在】魔法と【ボイスチェンジャー】は一週間持続していても全然平気で、持続すると魔力はずっと消費状態なので、また魔力が増えた。
久々のアルなので目線とリーチに注意、だが、騎竜に乗ってる状態では分からない。
【冒険の書】の地図で現在位置を確認しながらそこそこの速さで飛んだが、そうじゃなければ、行き過ぎそうな程、騎竜は速かった。いずれは海の向こう側の国にも行こう。
そして、キエンから一時間とかからずたどり着いたトモスの街。
少し離れた所に降り、バイクに乗って防壁の側まで行き、【チェンジ】でマジックバッグに収納した。
便利なので【チェンジ】のスクロールを低層・浅層のドロップで出すよう、コアに頼んでいるので、やがて広まるだろう。
消費魔力が少ないのに油断して使い過ぎるデメリットもあるが、それは自己責任だ。
時間はまだ十時になったばかり。
トモスに入るために、商人や旅人や冒険者が列を作っていた。
さほど長くはない。バイクに驚かれたが、いつものことなのでアルはスルーし、最後尾へ並ぶ。
振り向いた商人の一人に挨拶。二人護衛で三人は商人とその部下といった感じだ。
「こんにちは」
「…こんにちは。冒険者かい?」
「そう」
「その割には軽装だね?魔法使い?」
「魔法も使う剣士…と名乗るのは最近厳しくなって来たんで戦士」
「剣が折れたかなくしたかしたの?」
「あるけど、使わねぇことが多くなったって意味。ここ、トモスの街だよな?」
「そうだよ。海の幸いっぱいでダンジョンもあるよ」
「ああ。噂で聞いてる。まだ攻略されてないダンジョンだけど、そう深くなくて30階まで。ダンジョンボスがクラーケンだって話だけど」
ここのダンジョンらしいボスだ。
海岸から見える島がダンジョンになっており、朝夕と送迎の船も出ている。船で三十分程だ。
「そうそう。大き過ぎて全然ダメージが入らないんだって聞いたよ。君もチャレンジするのかい?」
「そのつもり」
「……ソロで?」
「ソロで。これでもいくつかのダンジョンを攻略してるし」
「へぇ?それはすごいねぇ」
まぁ、信じないだろう、と思ったらそうだったらしく、生温かい目で見られた。大口叩く少年、という感じか。
バイクはちょうど見てなかったとしても、アルの服や装備の質の良さすら気付かない商人なんて、たかが知れている。
装飾をほとんど省いてるので地味なだけで、よりよい素材を手に入れるたびにグレードアップしているので、かなりの逸品だった。
命を預ける物に妥協はしないのだ。たとえ、防具や服の防御力の性能をまったく試す機会がないとしても。
それが分かる護衛の冒険者は、いささか顔色が悪い。
アルの機嫌を損ねると、まず相対するのは自分たちになるからだろう。
部下らしき人がマズイと気付いたらしく、商人を引っ張って行ったので、それ以上世間話をすることなく、列が進み、アルの番になった。
「エイブル国から?それは遠い所からトモスの街にようこそ。楽しんで行ってくれ」
門の警備兵にはアルのギルドカードを見てそう言われただけで、すぐ通された。中々当たりの街かもしれない。
さて、まずは冒険者ギルドだ。
ダンジョンに潜るのに許可はいらないが、依頼から人気のドロップ品が分かるし、噂も拾えるので。
【冒険の書】にドロップ品は全部載ってはいるものの、膨大な量なので覚えられないし、目を通すのにも苦労する。ざっとは見てはいるが。
「人魚の羽衣?」
人魚と羽衣がミスマッチ。マジックアイテムか。
11階での納品依頼なのにBランク依頼なので、ドロップ率が悪いのかもしれない。
「ああ、それ。報酬いいけど、無茶苦茶難易度高いんだって。三つのパーティがすべて失敗してるって話」
アルの呟きに近くにいた冒険者が反応した。
この辺りを見ていた、となると同じCランクだろう。
まだ若いのに…と十六歳のアルが言うセリフじゃないが、二十歳前の年頃だった。
「へぇ。ドロップ率が悪くて?人魚が意外と強くて?」
「どっちも。11階海フロアなの知ってる?点々とある浮島はジャンプじゃ届かない距離だから、船を持ち込むか魔道具で渡るしかないんだけど、人魚って海の中から滅多に出ないからさ。思い切って水の中で勝負かけても、水流操作出来る人魚相手だとかなり厳しいって聞いた」
「水魔法勝負じゃ不利ってことか。…よし、受けよっと」
面白そうだ、とアルは依頼票を剥がした。
「あ、待て。人魚って怖いタイプ?気持ち悪い感じ?」
ふと『人型魔物って…』というのを思い出した。鬼婆ラミアみたいなのが出て来たら泣く。
「いや、聞いたことないな」
「受付で聞こっと。情報ありがとう」
「どういたしまして」
時間は十時半。
このぐらいの時間になると、受付は空いているので、アルはほとんど待たなかった。
「この依頼について訊きたいんだけど、人魚ってどういったタイプの人魚?怖い系?気持ち悪い?鬼婆?」
「…ええっと、上半身だけなら人間と変わらなかったかと。そんな鬼婆とかいるんですか?」
「ラミアがそうだったんだよ…今でも鳥肌立つ程、怖くて気持ち悪い。人型魔物ってたまにとんでもなくスゲェ怖いのがいるって、高ランクの人たちが言ってたし、同じ人魚型のセイレーンがすごかったそうで『サハギンの方がかなりマシだ』ってやっぱり鳥肌立てて言ってたし」
そうだ。セイレーンは人魚型だった。うっかりしてた。
「……ちょっと背筋が寒くなりました。念のため、他の職員にも確認して参りますので少しお待ち下さい」
念を入れた方がいいかも、と思ったらしく、受付嬢は席を立ち、他の職員に訊きに行った。
「横から失礼。ハーピーもすごい怖い姿してるよ。おれも体験者」
話が聞こえてたらしく、横の受付にいた冒険者が口を挟んだ。
「それはとてもお気の毒に。…って、ここのダンジョンの話?いるの?」
「エキストラボス?みたいな感じで滅多に会わないらしいけどね。なのに、不幸だったのがおれ、と」
「思えば、ラミアも隠し部屋にいたもんな…。そんな感じの配置か…。あ、なら通常っぽい人魚は怖くはない?」
「11階の人魚なら上半身の見た目は普通の人間だけど、すごい形相だよ?夜中に会ったら悲鳴上げて逃げそうな程の」
「…それもイヤだよな」
「外見より戦闘力の方が問題じゃないの?人魚、かなり手強いよ。群れてるし」
「それは結構平気」
「やっぱ強いんだ?すごい装備だし」
「まぁな」
「謙遜なし。君の戦闘スタイルが全然読めないんだけど、ひょっとして格闘タイプだったりする?」
「時には。再生能力が高い相手だと決め手がねぇから、色々変える」
そう話していると受付嬢が戻って来て、口を挟んで来た男と同じことを教えてくれた。礼を言って依頼受注手続きをしてもらおうと、ギルドカードを出すと…。
「え、ソロなのでしょうか?」
パーティで受けると思っていたらしい。
パーティならメンバーのギルドカードも一緒に出して依頼受注手続きをするが、アルは一枚だけだ。
「そう。ソロだとダメとか言う?」
「言いませんが、くれぐれもお気を付け下さい」
パラゴの職員に見習わせたいぐらいに、すんなり受注処理をしてくれた。アルのいい装備に気付いていたのもあるのだろう。
受注の後は、早速、島のダンジョンに向かう、のではなく、宿確保だ。せっかくの海辺の街。オーシャンビューで海の幸が美味しい宿がいい。
すると、異世界でも同じく、高級宿になる。
たっぷり稼いでいるアルは別にそれで構わないので、当たってみると、すんなり確保出来た。
オーシャンビュー露天風呂付きの一階の部屋、というこの宿で一番いい部屋を。見る目のある宿の従業員だった。
とりあえず、三泊前払い+チップを渡すと、さすがに驚いてはいたが。アルの見た目は平凡だが、この世界基準だと童顔なので実年齢の十六歳より下に見えることもあるのだろう。
せっかくなので、早速、露天風呂に入る。
待望の源泉かけ流し温泉だったのだ!
海辺には割と温泉があったりするのである。日本と同じく、この世界でも。
アルが海辺のダンジョンを選んだのも、温泉も目当てだった。
まさか、宿の大浴場だけじゃなく、池程もある専用露天風呂があるとは思わなかったワケだが。
やはり、温泉はいいものだった。
乗り心地抜群の騎竜の旅だったので、疲れているワケではないが、とてもリラックス出来る。
…ああ、夕方にはイディオスを転移で連れて来ようかな。
温泉は喜ぶか分からないが、海の幸には大喜びするだろう。
通信バングルで連絡すると、久々の誘いに「是非!」と乗り気だったので、風呂から上がった後、アルは宿の人に夕食の追加と犬を連れ込むことを伝えておいた。
上客の頼みを断るワケがないので、事後承諾なのである。
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