共に生きると決めたのに。
ま行
第1話 誕生
ある夏の日の出来事だった。
私は気分が悪くなって調子が落ち込んでいた。どうにもいつものような元気が出ない、仕事もあるというのに困っていた。
理由についてはよく分からなかった。暑い日が続いたから、夏バテをしてしまったのかもしれない、そんな軽い気持ちでいた。
私は付き合っていた彼氏と同棲を始めたばかりだった。新生活への適応は中々に体力が必要な事だ、今までの常識を二人の常識にすり合わせていかなければならない、その作業が上手くいっていないのかもしれない。
しかしその時友人が言った。
「それって妊娠してるんじゃない?」
私は目から鱗が落ちた。そして検査薬を買ってきて検査すると本当に妊娠していた。我が事ながら表現する為の言葉が見つからなかった。
自らが子を宿す。それは本当に奇跡のような出来事で、病院へと通いその証を見せてもらう度に母親として早くこの子に会いたいという気持ちが募っていった。
しかし、それとは別に懸念している事があった。それは私にまとわりつく問題だった。
私は所謂ADHDというハンデを抱えていた。その事で周りに迷惑をかけることがよくあったし、理解されない事もあった。
それでも私は恵まれていたと思う、家族はよき理解者であったし、友達は多くいた。それに加えて人生のパートナーを得られて、その人との子を授かった事は幸福に違いない。
私達は結婚した。早くに亡くなった父が聞いたら「順番が違うだろう」と怒ったかもしれない、私はお墓に手を合わせて許してねと心の中で言った。あなたはもう見れないけれど、あなたの孫が生まれるんだよ、ちょっとの事は笑って許してくれてもいいじゃない。
新婚生活は楽しかった。二人で揃える食器、二人で相談したインテリア、一緒に寝て一緒に起きる、それだけでも特別な日々に思えたからだ。
料理だって頑張った。元々出来ない事なかったけれど、もっと出来るようになりたいと思った。本を買って読み、ネットを使ってレパートリーを増やした。生まれてくる子供に誇れる母でありたい、そう思った。
お腹が大きくなるにつれて、今度は不安が襲ってきた。本当に私が母親になっていいのか、ちゃんと子供の面倒を見る事が出来るのか、もし私の不注意がこの子に何か悪影響を与えたらと考え出すとキリがなかった。
だけど私の不安に子供の成長は待ってくれない、もう覚悟を決めて産むしかないのだ。私は腹をくくった。
子供は帝王切開で産む事になった。どんな形であれこの子が無事に産まれてくるなら何だっていい、それに早く会ってみたかった。この子はどんな顔で笑ってどんな顔で泣くの?私の事を子供の頃からよく知っている母は、手のつけられないお転婆になると断言していた。否定出来なかった。
入院してとうとう子供が産まれる日が訪れる。旦那とお義母さん、そして仕事で来れない母の代わりに弟が来てくれた。長い長い時間をかけて、やっと私は小さな命と対面を果たした。
「おめでとう、そしてありがとう。私があなたのお母さんだよ」
手に抱いた小さな命は他のどんなものより温かかった。私の心は幸せに満ちていた。私を母にしてくれた旦那には、涙ながらに感謝を述べることしか出来なかった。
同棲して子供が出来て結婚して出産した。あっという間の出来事で、怒涛の展開をその身で味わう日がくるとは思わなかった。
しかし話はこれで終わらない、怒涛の展開はまだ始まりに過ぎなかったのだ。幸せを抱きしめているその時の私にはこの後待ち受ける出来事を予測する事など出来やしなかった。
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