戦国ゾンビ
いちふじ
第1話
| 数年の歳月を掛けても赴く意味のある場所だった。
西欧のある探検家が、この島国を金銀財宝尽きる事の無い世界だと紹介してから、約三百年。
黄金の国ジパングは、数々の夢想家の野望を掻き立てて来た。
灼熱の砂漠、暴風吹き荒れる海原、気を許せぬ商人、部下の反乱、為政者の気変わり、異国の疫病等、様々な困難を乗り越えて、類稀なる幸運を引き当てた者だけが目にする光景だった。
遥か彼方。青く光る海に浮かぶ緑濃き島々。背の低く陽に焼けた大人しい未開人。
彼らは、余所者に怯えつつも、新しい知識に貪欲な人々だった。
長い歴史を持ち、独特の文化、礼節を身に付けたジパングの民。
大航海時代の真っ只中だった。
西欧の大海軍国家群は、先を争うように地球世界に自らの版図を広げつつあった。
「搾り取れるだけ盗る」
それが、当時の常識だった。彼らは、知的好奇心の満足の為だけに動いている訳では無かった。
目覚めが遅れた民族の運命は悲惨だった。
開拓地は、容赦無く搾取の対象となった。
作物や資源なら、まだマシだった。多くの仲間や家族を殺された末に、故地から引き剥がされて一生を奴隷として人生を費やす運命が彼らに待っていた。命を失った方がマシだと思えた。
勿論、ジパングも狙われた。
しかし、ユーラシアの東端は、余りにも遠かった。距離が島国に時間的余裕を与えてくれたのだ。
十六世紀の終わり。
室町の後期を暗く覆っていた畿内の混乱は、いよいよ織田信長の出現をして終わりに近付きつつあった。
強力な為政者による支配機構は、手薄な武器しか持ってないカトリックの宣教師達にとって、容易ならざる相手だった。
西欧の侵略者達は、ジパングにおいて、初めて手強い交渉相手に出会ったのだ。
その信長が重要視したのが堺の町だった。
『堺』
その町は、正に世界に向けた日の本の玄関口だった。
波穏やかな瀬戸内海という海の道の奥に佇む港町。
日の本を目指す南蛮船は、九州各地の港から東に向かうと、この瀬戸内を通るだけで自然に堺に辿り着く。導き寄せられているかのように。
そう。堺は、天に見出された適地だった。
田舎大名のひとりに過ぎなかったにも関わらず経済感覚に鋭敏な信長、誰にも教えられる事無く、その事実を嗅ぎ取っていた。
南蛮の高い技術が天下支配に欠かせない。
その技術が集まる堺。
信長は、堺に大金を投入する。
堺を囲う土塀は高く強化され、その外に堀がめぐらされた。
港は拡張され、南蛮の大型船が複数入港しても不足ないようにされた。
信長以降、南蛮との交易は鰻登りに増え、堺は、莫大な南蛮物資とそれに伴う繁栄を謳歌していた。
特に、信長の南蛮嗜好は度を越していて、鉄砲や武器を始めとした軍事技術のみならず、文化・芸術・宗教等、荒波の彼方に存在する異世界の刺激に飢えているかのように、貪欲に貪り尽くしていた。
そんな信長の性格が影響してか、堺の町も活況の様相を呈していた。
『新しい物を早く』
それが、堺の人々のスタイルになっていた。
どんなものでも、値が付いた。呆れるくらいの金が、価値が見出される前の品物に支払われた。
初物というだけで、それは千金の価値を有していた。
堺の品というだけで、全国の商人が欲しがり、堺商人の蔵が満杯に落ち着く事は無かった。
貿易船から下ろされた商品は、荷捌きの暇も無い程、売れて行った。
その日までは。
ある日、一隻のガレオン船が堺の沖に姿を現した。
所々が破れ、帆は千切れて航海の苦労が目に見えて露わになっていた。
船の上には人影が無く、まるで難破船のようによたよたと堺の港に吸い込まれて行った。
青空が高い夏の日の事だった。
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