八  もういっこ


 その後、起き出したミリちゃんとジンが仲良くなるのに時間はかからなかった。

 譲二じょうじからの誘いでジンたちは苺園へと移動した。車で三〇分程度移動すると、国分町の町並みとは打って変わり、田園風景が広がる。すぐ近くなのか空港へと吸い寄せられては吐き出される飛行機がいくつかジンの視界に映り込んだ。

 譲二が経営している苺園は広大な土地に多くのビニールハウスを構えていた。近くには雄大な川がマイペースに流れている。もっと温かくなってくると観光客を迎える観光地としても機能するらしい。

 穏やかで温かなビニールハウスの一角で、眠りから覚めた幼いミリは元気いっぱいに走り回った。


「ジン!!はいこれ。たべて!」

 

 小さな手に抱え込んだ苺は赤から緑、白へとグラデーションがかかったように半分以上が未熟なものである。ジンは苦笑を表に出さず、ミリの手の中から赤々と熟した苺を摘まんで見せた。


「ミリちゃん。これがおいしい、いちごの色だよ。白いのより赤い方が甘くてとっても美味しいのよ。赤くなったいちご、探せるかな?」


「全部一緒じゃないの??」


「ほら。ミリちゃん。ここを見てごらん」


 ジンは腰を屈め、幼いミリの目線に合わせる。幼いミリはいぶかしげな表情で数秒フリーズした後、パタパタとビニールハウス内を走りだした。


 ミリはいくつか苺を手にすると再びジンの元へ戻ってきた。手に持った苺は先ほどと同じく熟したものと、そうでないもの。実に色とりどりであった。ミリからの好意を無下に出来ないと判断したジンは渡された真っ白い苺を手に取り口へと運ぶ。それを見ていたアカネは無理をしないで、と心配した様子でジンを制止する――。

 ジンと譲二はビニールハウス内を見渡せるベンチに腰をかけた。遠くではアカネとミリがまるで友達のように、しゃがみ込みながら楽しそうに苺を物色していた。その様子を男二人は見守っている。


「この苺は寒い土地で育つようにたくましい奴でね。完熟前が一番美味しいように品種改良を重ねて出来たんだ。農薬もいらないから子どもでも安心して食べられる自慢の一品だ」


 譲二は自身の営む園の苺についてジンに熱弁している。


「譲二さんは一体何者なんですか。お店も経営しているかと思ったら、いちご園も営んでいるだなんて」


「まあね。色々と顔が利くのよ」


 譲二は屈託の無い笑顔を浮かべ反応した。初対面とは思えない、ほどよい距離感にジンは心地良さを覚えた。


「ところでジン君。俺は君の事がとても気に入った。初志貫徹を目指すのは尊いものだとして、そもそもスタート地点の『何者かになろう』とする気概を有する人物はこの時代、希有けうだと思う。そこでだ。君の話をもう少しつまびらかに聞かせてくれないか。君が良ければ今日は、家に泊まって話を聞かせてほしい。家には離れがある。睡眠がとれる場所は君一人だからなにも気にする必要がないと思う。それに――」


 譲二はチラと視線を横にそらす。ジンもつられてそちらに目をやるとミリがブンブンと全身を使いこちらに向かって手を振っていた。その隣にはアカネが控えめな様子で右手をヒラヒラと振っている。


「二人も喜ぶからさ」


「けれども、さすがに迷惑じゃないですか??気持ちはすごくありがたいですけど……」


「無理にとは言わないさ。ただ、俺はお礼がしたい。しかも妹があんなに楽しそうにしているのを見て。そっちの話も興味があってねえ」


 ニヤニヤと笑みを浮かべる譲二の表情を見てジンはしばし戸惑った――。


 結局ジンは譲二の圧に根負けした。東北二日目の宿が決まる。後は野となれ山となれ、ジンはそのような心持ちになった。


 ミリは「やったーっ!一緒に本を読む。国語の先生に読んでもらう!」とちょこちょこ踊った。


 アカネは「兄がすみません」と申し訳なさそうに振る舞っていたが、その表情には喜びが垣間見えた。

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