蝿の仕事

 美術史の研究とは地味なものである。古い古文書の束の中から、ある日一枚の手紙が発見されたとして、それが幻の大画家ドンのものである可能性などほぼゼロに等しいし、ましてや、その手紙にドンが自らの作品目録一覧を記していた、などということは神の奇跡と言うべき僥倖だ。だから、その古文書鑑定人は、それを見つけたとき腰を抜かした。だが、その手紙は、確かにドンが死の寸前、故郷に宛てて記した手紙であった。そしてそこには、三十八の作品名が記されていた。こうして初めて、ドンの幻の作品、『神の不在証明』の存在は世に知られることとなったのである。


 そうして、何が起こったか? もちろん、それは知れたことだった。世界の全ての贋作画家たちが、一躍その腕をふるった。つまり美術市場は、これこそが本物の『神の不在証明』であると称するフェイクで溢れることになったのだ。


 さて、ここまでが前置きである。これより、この『神の不在証明』にまつわる、二つの物語のうちの一篇を語るとしよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る