人操探偵
月簡
1章
1章
『人間心理を利用した探偵業!
学歴、実績問わず!
人操探偵事務所 ご連絡はこちらのアドレスまで』
僕……
探偵業。詳しくは知らないが身元調査とか浮気調査だろうか。人間心理を利用というところが分からない。張り込みに人間心理は必要か?、ということを考えるとすぐさま頭に否と浮かんできた。
だがその不明なところに興味をそそられる。これも人間心理を利用しているのだろうか。
連絡してみたい、という衝動に駆られたがこんな時間に連絡をしてもいいのだろうか。少なくとも悪い、とは言わないだろう。
だが少し不安なため、連絡は明日の午前中にすることにした。
お腹がすいた。夕飯を買いに行こう、と思った。買う目星はついている。このマンションの近くには大手コンビニチェーン店がある。
スーパーで買った方が健康にも家計にも良いような気がするが、わざわざ歩いて行くのはめんどくさい。自転車でと言うのもあるが、漕ぐのがめんどくさいし、この辺りの治安は決していいとは言えないため盗まれてしまうかもしれない。
家を出ると、隣の部屋に住む
相変わらず綺麗な人だな、と思う。整った顔にスラッとした体型。オマケに優しさまで備えている。
自分には到底届かない人だ、と思う。高嶺の花と言うやつだろうか。だが挨拶をする権利くらいは自分にもある。
「あ、奈那依さんこんばんは」
「石踊さん。こんばんは」
綺麗な声だなと思った。だが心中を悟られるのは良くない。
「石踊さんはコンビニに行くところでしょう?」
見抜かれた。何故だろう。ただ単純に怖い。
「な、なんでわかったんです?」
「ラフな格好と持ち物、石踊さんの性格から考えて……ですかね」
優れた洞察力のようだ。
「そういう奈那依さんはどこに?」
「私はちょっと気分転換に散歩にでもと思って」
「へぇ、そうなんですか」
当たり障りのない内容を返す。
「もしコンビニの方行くなら僕も一緒にいいですか?」などと言ったら奈那依さんは表には出さないだろうが心の中で「うわっなにこいつ」などと思い、嫌われかねない。
よく友人などに考えすぎだろ、と言われることもある。だが不安材料がある賭けに出るくらいなら安全な所にいたい。
俺は奈那依さんに「それじゃあ」と言いコンビニへ向かった。
僕は人より少し歩くのが早いため、3分で着いた。
店内は数人いる程度で、たいして混んでいる訳では無かった。店員はボケーッとしている。
なにか美味しそうな弁当でもないかと探していると、お手頃価格の焼肉弁当があった。肉は好きだ。
レジに向かうと店員が虚ろな目付きで温めますか?と聞いてきた。寝不足なのだろうか。「大丈夫です」と言うと、値段を告げてきた。いくらお手頃価格とは言え、バイト程度にしか働かない僕にとっては痛い出費だった。
コンビニから帰ってくると時刻は6時半だった。
特にやること無かったので、弁当を温めることなく食べた。
次の日の午前中、僕は人操探偵事務所のアドレスへと就職希望という趣旨のメールを送った。すると小一時間した後に返事が来た。
『履歴書をお送りください。その後面接となります。日時はおってご連絡します。なにか希望があればご連絡ください』
僕は履歴書の画像を送り、先方から日時の連絡が来るのを待った。
面接会場には自宅近くの喫茶店が指定された。事務所で行うには不都合があるという。
僕は喫茶店に入り、面接官…社長と言っていた、を探した。
メールでは半袖のtシャツとデニムのズボンを履いた30代の男だと言う。
店内を見渡すと、センター分けのような髪型をした服装が一致する男が座っていた。だが歳は少し若く感じる。僕が見ていると男が近づいてきた。
「君が石踊?」
「そうです」
そうして面接が始まったのだが内容は普通の企業と言った感じだった。探偵事務所の聞いていたのにな、と思っていた。だがひとつ違うところがあった。
ちょっとしたなぞなぞを出題されたのだ。だが内容は小学生でも解けそうなものだった。
面接が終了し結果は後日連絡する、と言われた。直感によればひとまず安心だろう。
結果は合格だった。自分の直感があってよかったと安堵する。今日は初出勤の日だ。
事務所は駅ビルの地下2階、シャッター街じみたところにある。
僕の他には従業員は1人のみだという。探偵事務所にそこまでの人手は要らないのだろう。
「こんにちは……」
そう言いながら僕は事務所に入った。中は応接間にデスクを追加しただけ、と言った感じの殺風景な部屋だった。質素と言えば聞こえはいい。
中に入ると、先に出勤していた社長が話しかけていた。
「やあ石踊君。おはよう」
「おはようございます、
社長は本名を操上
「もう1人の子は今日は休みだから」
「そうなんですか」
もう1人の子、とはどんな人なのか気になる。
「どんな人ですか?」
「うーん、すごい子って感じ」
まともな説明になっていない。これ以上は言及しても無意味だろう。
「じゃ、探偵業のチュートリアルをしよう」
突然椅子に座った操上さんが言った。
「チュートリアル?尾行とかの練習ですか?」
「確かにそれもあるね。でも本業はそれじゃない」
「探偵事務所なのにですか?」
本業とは一体何なのだろう。だがチュートリアルをすればきっとわかるはずだ。
「ターゲットはこのバーの中で酒を飲んでるよ」
夕方6時、ザ、洒落たバーと言ったバーの前で繰上さんはそう言いながら僕に1枚の紙を手渡してきた。
『依頼内容 男の浮気調査
男プロフィール 28歳彼女あり 口が軽い
使用可能と思われる心理テク
・自己開示の返報性 秘密を話されると話したくなる
・初頭効果 第一印象が大事
・対人インパクト 見えない相手などには相談しやすい
大まかな筋
話しかけ自分の嘘の秘密を教え、教え合う雰囲気にする』
と手書きの綺麗な文字で書かれていた。
「なんですかこれ?」
「マニュアルだよ」
操上さんによると事前調査を元にした今回の調査手順だと言う。これを元に浮気しているかどうか聞き出せということのようだ。
「お時間良いですか?」
僕は男に話しかけた。男が返事をする間に店主にノンアルコール飲料を注文した。
「なんだあんた」
呂律が怪しくなっている。そこそこ酔いが回っているようだ。
男は28という割には少し老けて見えた。
「ちょっと悩みを聞いて欲しくて」
「悩みぃ?」
「僕実家暮らしなんですけど、なかなか仕事が見つからなくて、家を追い出されそうで……」
そこから操上さん監修の悩みを長々と語った。
「お前みたいなのはちっちゃな悩みだな。仕事なんてブラックでよきゃいくらでも見つかるよ」
「そうなんですか…?」
「ああ、そうだ。俺はお前の悩み聞いてやったんだ俺の悩みも聞いてけ」
マニュアルに書いてあった通り、口が本当に軽い。自己開示の返報性の効果もあるのだろうが。
「俺は渋々と言ったらあれだけどな、2又してんだよ。前の彼女と別れたいのに中々別れを切り出せなくてな、ずっと会ったりしてたんだわ。でも新しい彼女にバレそうで…」
浮気の背景はどうでもいいが音声証拠はこれで取れた。もう用はないため「大変ですね」とか言っておき、礼を言って店を出た。
「うん、初めてにしては上出来だね」
操上さんにレコーダーを提出すると、そう言われた。
「多分筋だけで言ったらあの子よりもいいよ」
「ありがとうございます」
そんなことを言っていると女性が事務所に入ってきた。
「浮気でしたか?やっぱり」
あの男の彼女のようだ。操上さんは女性にレコーダーを手渡した。
「残念ですが…」
「やっぱりそうでしたか……。ありがとうございました」
女性はとても悲しそうだ。それは当然だが。あの男はこれからどうなるのだろう。
「では料金の方は後日請求書をメールでお送りします」
「分かりました。本当にありがとうございます」
そう言いながら、女性は事務所を出ていった。
そして、入れ違いとなって知った顔が入ってきた。
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