ファンタジック・バレンタイン
ふちたきなこ
第1話 高梨君
「はあ。」
私こと米山ななは通学路の途中にある、小さな児童公園の古ぼけたブランコに小さく揺られながら、ひとりため息をついた。
木枯らしが冷たい夕暮れ時、公園には人っ子ひとり見えず、ただ足元に数羽の鳩がエサを探して歩き回るばかりだった。
空にはうっすらと折れそうな三日月が浮かんでいた。
私は学生カバンの中に忍ばせた、ブルーの包装紙に銀色のリボンをかけた四角い箱を取り出し、それをじっとみつめ、また大きなため息をついた。
「あーあ。とうとう渡せなかったな。」
今日はバレンタインデー。
隣のクラスの高梨広臣君に、このあふれる想いを伝える絶好のチャンスだったのに。
でも・・・あんな場面を見てしまったら、チョコなんか渡せるはずない。
高梨広臣君の事を知ったのは、体育祭実行委員会で一緒の係になった時。
高梨君と私は競技が終わった後の備品を片付ける係だった。
第一印象は怖そうな人。
無口だし、背が高くて肩幅も広くて威圧感あるし、何考えているか判らない系男子、だと思ってた。
だから一緒の係をやるのも、正直気が重かった。
けれど間近で見た高梨君は、本当はすごく優しい人だった。
重いモノを運ぶのを嫌がる男子の中で、高梨君は率先してそれを行っていたし、入学して間もない一年生には、さりげなくそれでいて丁寧に仕事を教えてあげていた。
体育祭の日、運が悪い事に私は生理の二日目で、体調が悪かった。
係の仕事中、お腹が痛くなり、体育倉庫でうずくまっていたら、高梨君がそんな私に気付いてくれた。
「米山、大丈夫か?」
高梨君は保健室まで私をおぶって運んでくれた。
その大きな背中の温かさを、私は今でも忘れることが出来ない。
保健室のベッドで横になりながら、私はお腹の痛さよりも、自分の胸のドキドキの方に気を取られていた。
体育祭が終わったあとも、高梨君は私の様子を見に、保健室へ顔を出してくれた。
高梨君は私に温かいペットボトルのお茶を手渡した。
「身体温かくして、家に帰ったら今夜は早く休めよ。」
「・・・うん。ありがとう。高梨君。」
そう私が言った時、高梨君はいつもの無表情な顔をくしゃりと緩め、照れ臭そうに微笑んだ。
それからの私の学校生活は、高梨君を目で追うことが日課となった。
そして高梨君の色んなことを知った。
部活はサッカー部で、副部長をしていて、ポジションはDF。
相手からの攻撃を崩し、しっかりボールを奪って仲間にパスする。
サッカーに興味がなかった私だけれど、試合がある時は友達を誘って一番後ろの席でこっそり高梨君を応援した。
高梨君は本も好きみたいで、よく図書室で一人本を読んでいた。
何の本を読んでいるのかと本棚の陰でじっと目を凝らして見ると、超常現象の本を中心に読み漁っているようだった。
高梨君・・・UFOや超能力に興味があるのだろうか・・・と意外に思った。
私も高梨君に倣って、テレビで放送されている不思議な現象を特集した番組や、「Xファイル」という海外ドラマを観たりもした。
高梨君の世界に少しでも近づきたかった。
高梨君は決して目立つタイプではないけれど、男友達は多く誰とでもきさくに会話をして、男子の中では人気者だった。
ただ女子とはあまり話さず不愛想にしているので、女子の中では人気がある方ではないと勝手に思っていた。
私はあくまでもさりげなく、登下校のときに「おはよう。」と挨拶したり、図書室で「私もその本、読んだことあるよ。」とひと言だけ声を掛けたりした。
その積極性は自分でも驚くほどで、高梨君も私の言葉に短いけれど「おう」と答えてくれた。
だから高梨君の魅力を、その誠実さを、素敵なところを一番理解しているのは私だけ・・・と高をくくっていた。
でもそれは大きな間違いだった。
高梨君に好意を寄せている女子は私だけではなかったのだ。
私はバレンタインデーに自分の気持ちを、高梨君に伝えようと決心した。
私達はもう高校三年生。
春がくれば学校を卒業し、それぞれの道へ旅立っていく。
このまま高梨君と会えなくなってしまうのは悲しすぎる。
せめて自分の気持ちを伝えて、ダメだったらきっぱり諦めよう、そう思った。
そしてバレンタインデー当日、私は昇降口で高梨君をまちぶせし、高梨君と一緒に帰る道すがらチョコレートを渡そうと目論んでいた。
ドキドキしながら高梨君がスニーカーを履き、いつもの黒いリュックを背負って下校するのを待った。
しかし待てど暮らせど、高梨君はやって来ない。
しびれを切らした私は再び校舎の中へ戻り、高梨君の姿を探しに隣のクラスをそっと覗いた。
するとそこには高梨君と、学年一の美少女である柳麗奈さんが、ふたりっきりで見つめ合っている姿があった。
柳さんが高梨君にピンク色の箱を手渡し、高梨君もそれを嬉しそうに受け取っていた。
私はすぐにその場所からダッシュで逃げ出し、それでもまっすぐ家に帰りたくなくて、通学路途中にあった児童公園でしょんぼりと肩を落として現在に至るのであった。
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