くちびるを奪って

折野花威(俺のハニー)

第1話 はじめてのチュウ(前編)

 今日から梅雨入りだそうだ。

 予報通り、教室の外はしとしとと雨が降っている。


 高校二年の清水しみず雅久がくが一時間目の用意をしているとき、前の席の紺屋こんや妃梅ひめが登校してきた。

 長いストレートヘアを明るい茶髪に染めており、身長は170cm。まるでモデルのような美少女である。が、やや不良っぽい雰囲気が、主にその髪型から感じられる。

 そんな紺屋は、清水を見るなり眉をひそめて睨んできた______睨むと言っても、威嚇の表情というより、わからない問題に直面したときの顔といった感じである。


 授業の時間になり、先生が教室に入ってきた。いつもの先生ではない。

「物理の天沢あまざわ先生は、体調不良で本日お休みです。みなさん自習に励むように。それでは出欠をとります。」


 清水たちは教室の一番端、ドアに一番近い前から一列目と二列目の座席なので、教卓に立つ先生を見るときは自然と斜めを見る形になり、清水には紺屋の横顔が見えた。

 紺屋は手で口を覆い、考え事をするように出欠を確認する臨時の先生を見つめていた。



 清水たちが通う県立宮森高校は、県内屈指の進学実績を誇り、文武両道を謳う名門校である。

 よって自習時間は、たとえ受験期で無かろうと、とても静まりかえっている。

 しかし、日々の部活に予備校にと、慌ただしい毎日を送っている生徒たちの中には、その生活に疲れ果てて居眠りをする者も少なくない。


 だが清水は、雨が好きだった。よって、朝から雨が降っている今日、誰よりも機嫌のいい彼はウキウキと参考書を開いた。

 すると、前の席の紺屋から、半分に折り畳まれたメモ用紙が送られてきた。


______今、彼女いる?_______


 えっと清水は声に出して聞き返す。

「お前、俺のこと好きなん?」


 静まり返った教室に、清水の声は響き渡る。周りの席の生徒たちがチラッとこちらを見る。

 紺屋は恥ずかしさと怒りで顔を真っ赤にさせて立ち上がり、ハア?!と口を動かすと、

「なわけないやろ!後で話あるから来い!一人で!」

と叫んだ。

 普通に授業をしているであろう他のクラスの声も一瞬止む。

 今度はクラスメイト全員が紺屋の方を見た。

 紺屋が照れ隠しで怒っただけで、本当はこの後清水に告白するのではないかと思った者は、いったいどれだけいただろうか。

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