第11話 思い出
全員が朝食を食べ終わった後、張り切って読み聞かせをしてやろうと意気込んでいたアサヒだったが、肝心のレナはサッサと寝てしまった。
地下での生活は時間感覚が狂いやすい。昼も夜も同じようなものだとはいえ、体内時計が乱れるのは問題だ。そこで、地下での生活に夜という概念を作るため、夜間はほとんど全ての照明が自動で切れるようになっている。
そうなれば真っ暗で何も見えないので、住人たちは寝るしかないというわけだ。ついでに節電にもなる一石二鳥の仕組みである。
現在時刻は午前九時。朝、つまり一斉に照明が点くのは大抵六時ごろなので、一日が始まってからまだ三時間しか経っていないことになる。昼寝の時間にしては少々早いが、満腹になったせいで眠気がきたのだろうか。
「あらあら、食べてすぐに寝てはいけませんよ」
ミコトが肩を揺すっても、一向に起きる気配はない。気持ちよさそうな寝顔を浮かべて深い夢の世界へ沈んだままだ。
「珍しいな。いつもは寝ろって言っても寝ないのに」
「さっきの警報で、かなり落ち着かない様子でしたから、疲れてしまったのかもしれません」
「警報で? いつもはそんなに動揺してない気がするんだが?」
「きっと、あなたが不在だったからだと思いますよ」
アサヒはそう言われてハッとした。
レナが怖がっている時に傍にいることこそが自分の役目のはずだ。いくら彼女を守るためとはいえ、肝心な時にその場にいないようでは保護者としての責務を果たしているとは言えない。
「そうか……そうだよな……レナもステップとはいえ、まだ自分の身を自分で守れるような年齢じゃない。不安になるのも当然か」
「この子は、自分が周りの人間と違う人種であるということも、まだ理解していないと思います。もう力は私よりずっと上ですけど、それ以外は本当にノーマルそのものですし」
「今のところ、能力を発動させたことはないんだよな?」
「はい、少なくとも私は見ていません」
「そうか。能力を持っていたらちょっと面倒だったが、その心配はなさそうだな。将来的には、あった方が自分の身を守りやすくていいんだろうが」
能力を持っているステップと、持っていないステップとでは戦闘力に大きな差がある。境界警備隊側も、能力の有無を基準に危険度のランクを評価しているくらいだ。
シェルターの外は弱肉強食。強さが物を言う世界である。そんな世界で生き残っていかなくてはならないのだから、強力な能力があるに越したことはない。
だが、このシェルター内では事情が違う。ここでは個の強さなど不穏分子にしかならない。正体が露呈するリスクがあるばかりだ。
特に自分の能力が何か自覚すらできていないような時期だと、本人の意思に関わらず能力が頻繁に暴走を引き起こしてしまう危険性がある。能力を制御する術は、暴走を繰り返しながら体で覚えていくしかないが、そんなこと、ここでは無理だ。
「やはり、外の世界で生き残るには、能力は必須ですか?」
「そうでもない。能力持ちの方が圧倒的に少ないはずだからな。生き残る上では有利になるが、必須というほどでもない。ただ、能力持ちのステップと戦うことだけは避けた方が良い。高確率で死ぬことになる」
能力は個人差が大きい。炎を操ったり、光を操ったり、その形は人それぞれだ。ただ共通することがあるとすれば、総じて殺傷力が高いということ。
生き残るために、突然変異的に身につけた力であるためか、戦闘に特化したものである割合が高いのだ。そうなると、能力を持っていない者との戦闘力差は極めて大きくなる。
決して覆せない絶望的な差というほどでもない。ノーマルとステップの差に比べれば能力の有無の差は大きくない。しかし勝ち目が薄いことに変わりはない。戦わない方が無難だ。
「なるほど。その点、アサヒ様は強力な能力をお持ちですから、外の世界でも命の危険などなかったのでは?」
「それは……」
アサヒが答えに詰まったのを見るや、ミコトは真っ青な顔で膝を床に叩きつけ、またも額を擦り付ける。
「も、申し訳ありません! 聞かれたくなかったですよね! 外の世界は地獄だって常々仰ってましたし、昔のことなんて思い出したくもないですよね! 軽率に聞いた私が間違ってました! ですので、どうか命だけは────」
「お、落ち着けミコト。レナが起きるだろ……!」
ミコトは慌てて口を抑え、部屋の端まで後退する。
「えっと……別にいいよ。積極的に聞かれたい話でもないけど、言いたくないってほどでもない。ちょうどいいや。もうお前との付き合いも五年になるし、そろそろそういう話をしてもいいんじゃないかと思ってたんだ」
「……も、もう五年……そうですか。そんなに……私が誘拐されてからもうそんなに経つんですね……」
ミコトがポツリと漏らした言葉に、アサヒはバツが悪そうに顔を背けた。
「あ、あの、えと、気にしないでください。ここでの生活が嫌ってわけじゃないんです。それに、ご、強引なのも嫌いじゃ……ありませんから……え? ああ、いや、なんでもありません。こっちの話ですよ」
アサヒが何かリアクションするよりも先に、高速回転する舌と目まぐるしく変わる表情で勝手に会話を成立させるミコト。こうしてほぼ独り言状態に突入するのは毎度のことだ。
「お前には感謝してるんだ。レナの面倒を見てくれてるし、ここでの生活の基本を教えてくれたし」
「えっ……えっ……えっ……⁉ もしかして、そういう雰囲気ですか⁉ ちょっと待ってください。色々心の準備が……あ、でも、今までずっと隣のベッドで寝てたのに今さらなんだって話ですよね!」
何を想像しているのか、ミコトは顔を爆発しそうなほど真っ赤に染め、身を悶えさせながら頬を両手で抑えている。
「……待て、落ち着け。感謝してるとは言ったが、別にそういうつもりは────」
「大丈夫です。心の準備はできてますから!」
「俺はできてない。頼むから落ち着け。そして話を聞け」
「へっ? ……ああ、はい。えっと、あれですよね。外の世界の話をしてくださるんですよね。わかってますよ。何も早とちりなんてしてません。はい」
ミコトの会話はいつもこんな風にとっちらかる。大した長話をしたわけでもないのに、妙な疲労感を覚えるこの感覚には、いつまで経っても慣れられそうにない。
「それじゃあ……えと、聞いてもいいですか」
「ああ、いいぞ」
「アサヒ様はどうして、このシェルターに来たのですか。あなたの力なら、外でも普通に生きていけるはず。それにレナちゃんは、本当の妹じゃないのですよね?」
今までずっと我慢していたのだろう。ミコトは堰を切ったように、アサヒを質問攻めにする。
「それを一から説明しようとすると長い話になるが……」
「構いません。きっと、レナちゃんも当分起きませんから」
「そうだな。なら、全部話すよ。とはいえ、そうだな……全部となると……十年前のことから話し始めるのがいいのかな」
アサヒは目を閉じ、過去の記憶に探りをいれる。十年前、まだ彼が六歳の子供だった頃、そして初めて太陽の能力を自覚した頃の話だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます