第13話 明の覚悟

 コの字型のカウンターに個室が一つだけ、古くから馴染みの焼き鳥屋に入ると、カウンターの中で煙にまみれながら焼き鳥を焼く店主に声をかけた。

「マスター、個室開いてるかな」

「おう、一之瀬さん久しぶりだねえ、空いてるよ」

「おっちゃん久しぶりー」

 蓮が声をかける。

「おう蓮、随分デカくなったな、カウンターにも届かなかったくせによお」

「いつの話してんだよ」

 個室の引き戸を開けると四人がけのテーブルと椅子がセットされていて小さなテレビも付いている、常連しか座れない秘密の席だった。

「久しぶりねえ、今は何をしてるのよ」

 おしぼりを持ってきた店主の妻が聞いてくる、会社員時代にこの焼き鳥屋の担当だった明は二人に大層気に入られていて、会社を止めた際には苦情の電話が掛かってきた。   

「まあ税金関連の仕事ですよ」

 曖昧に濁した。

「今の担当の子さあ、いまいち頼りないのよ、変えられないかしら」

 お通しのお新香を並べながら愚痴をこぼす。 

「工藤という優秀な人間がいますから、変えてくださいとお願いしてみてはどうでしょう」

 余計なことを言うなと工藤から連絡がありそうだ、瓶ビールと焼鳥、つまみを適当に持ってきて欲しいと伝えるとやっと個室から出ていった。

「相変わらず話好きなババアだなあ」

「蓮、聞こえるぞ」

 蓮は身を乗り出して明に聞いてきた。

「そんな事より蒲田には近づけたのかよ」

「ああ、そっちはどうなんだ」 

「楽勝だね、もう俺のテクにメロメロだよ」

 明はため息を付いた、いつからこんなジゴロみたいな男になってしまったのだろう、オムライスを頬張る可愛い蓮くんはもういない。


 あの日、蓮に問い詰められた明は一つの事実以外を全て話した、例のDVDを処分しなかった自分のミスだが犯人二人の顔とその行為による怒りを思い出す為に捨てるわけにはいかなかった。

 蓮は大学進学を止めて自分も復讐すると言い出した、明は必死に説得して止めたが自分一人でもやってやると言う蓮をどうする事も出来なかった。

 葵が自殺してから十年、明は葵を殺した二人を常に監視していた。探偵事務所の本庄にも協力してもらい奴らの動向や近況を追ってきたのだ。

 生活がどんどん荒れていく蒲田に対して伊東は人が変わったように真面目な生活を送っていた、明は二人が少しでも幸せな生活を手に入れるよう願っている。


 奴らが幸せの絶頂にいる時こそ地獄を見せるときだ――。

 

 この十年で明の復讐の炎は衰えるどころかより深い怒りに包まれていた、その怒りはあのDVDを観た直後の様な激しい炎ではなかったが、より高温で鉄をも溶かす青の炎だった。


「これからどうするつもりだ」

 伊東の方は蓮が考えがあるという事で任せてある。

「まずはあの家族の絆を試す」 

 軟骨の入ったつくねを食べながらホッピーを美味そうに飲んでいるが蓮はまだ十八歳だ、しかし自分もその頃には飲んでいたし息子と二人で酒を飲めるのはとても幸せな事なのでほっておいた。

「絆?」

「大した絆がなければ嫁と子供は殺す必要がないと思ってさ」 

 なるほど、本当に大切な家族を失ってこそ真の復讐と言えるだろう。

「果たして妻の不倫を乗り越えた絆はあるのでしょうか」

 その言葉にハッとして蓮の顔を見つめた、お前はいったいどこまで知っているんだ。

「蓮」

「なに」

「約束した事だが、奴らを殺すのは俺の役目だからな」

 ため息を付くと蓮はジョッキを置いて真剣な眼差しでコチラを向く。

「そんなに殺したら明が死刑になっちまうよ、たった一人の家族なんだからさ……」

 その言葉に何も返せなかった、テレビからは津波で被災した家族が両親を失った悲しみから立ち直り、立派に復興の努力をしている映像がニュース番組で流されている。


「地震や津波で家族が殺された人達は誰を恨めばいいんだろうな」

 蓮はテレビを見つめたまま呟いた。

「ああ、でも葵には仇がいるんだからさ」

 明はハイボールを飲み干すと静かに言った。

 

「殺さなきゃ……」

 

「そうだな」

 悲しそうに返事をした蓮はそれから一度も明と目を合わせなかった。

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