第4話 怒りの火種
葬儀が終わり一ヶ月が過ぎても明は放心状態のまま日々を過ごしていた。
警察の調べでは事件性はなく自殺で処理されるという。
『なぜ?』
ただその疑問の答えがわからないまま時間だけが過ぎて行った、蓮は葵の死を理解しているのだろうか、ただ母親が亡くなった時のように泣き叫んだりする事はなく淡々と日々を過ごしていた。
いくら考えても葵と自殺が結び付かなかった。
『ピンポーン』
玄関のチャイムが鳴った、モニターで来訪者を確認すると精悍な顔つきをした女の子が立っている。
「はい」
「藤堂杏奈と申します、葵さんにお線香を……」
そういえばお通夜にも参列してくれていた、ちゃんとお礼を言っただろうか、記憶が曖昧だった。
オートロックを開けて玄関に向かう。
「この度は、ご愁傷様です」
学校の制服姿の杏奈が小声で言う。
「ありがとう杏奈ちゃん、大きくなったね」
小学校の運動会で元気に走り回る姿が印象的だったが一年程前にも会っているから適切な表現じゃなかったかも知れない。
「どうぞ上がってください」
「ありがとうございます、本当は他にも来たいと言った友達がいたのですが、今日は葵と二人で話がしたくて」
親友なのだろう、本当はもっと早く来たかったが家族の事を考えて時間を置いたのかも知れない。
リビングに案内すると杏奈は仏壇の前で目をつぶり手を合わせた、写真立ての中の葵は笑顔で笑っている。
明はリビングを出て葵と二人だけにしてあげた、キッチンに入り紅茶が無かったか探すが見当たらない、しかたなく近くのコンビニまで走って買いに行く。
明が戻ると杏奈はまだ仏壇の前にいた、扉の前で立ち止まると啜り泣きが聞こえてくる、キッチンに戻り紅茶と茶菓子の用意をした所で声をかけた。
「ありがとうね、ゆっくり話せたかな、良かったらお茶でも飲んでいってよ」
「ありがとうございます」
そう言うとダイニングテーブルの椅子に腰をかけた、目は真っ赤に充血している。
「わからないんです……」
杏奈がじっとコチラを見つめて言った。
「え?」
「なんで葵が自殺なんて」
どうやら彼女も明と同じ考えのようだ、少しだけホッとした。
「なにかあったのかな? 学校で虐められてたとか」
彼女は首を大きく横に振る。
「ありえないと思います、葵は学校のアイドルでしたから、男子にも女子にも好かれていて」
明は少し考えてから質問した。
「でも僻まれて逆恨みされたりもするんじゃないかな」
「ないと思います、少なくともわたしの周りにはいませんでした」
――高校生の女の子の気持ちなんて男親にわかる訳ないんだからさ、元気出してよ。
たしか葬儀の時に親戚の叔父に言われたがそうなのだろうか、葵は家族にも言えない悩みがあって耐えきれずに自殺したのだろうか。
わからない――。
葵が、自殺した日の朝、なんだかいつもと様子が違った、蓮に注意する事はあったがあんな風に怒鳴る事は初めてだった。
「触らないで!」
確かにそう言った、そこまで思い出すとやたらと長い時間風呂に入っていた所まで記憶が蘇る、たしか前日は友達のライブでその後に杏奈ちゃんの家に泊まるとラインが来たのだ。
「杏奈ちゃんの家ではお風呂に入らなかったのかな?」
明は疑問をそのままぶつけた。
「え?」
「ああ、ごめん、杏奈ちゃんのお家に葵が泊めて貰った時の話なんだけど」
なんの話かわからないようだった。
「えと、中学校の時の話ですか?」
「いや、こないだ友達のライブがあったよね?」
「ええ、下北沢で」
「その後は?」
「葵と赤羽まで戻ってきてからジョナサンでご飯食をべました、十時くらいだったかな」
そこまではラインに入っていた連絡通りだ。
「その後は?」
「え? 帰りましたけど……」
どういう事だ、明は頭をフル回転させて状況を整理していった、彼女の家には泊まっていないなら一体どこにいたのだ。
「葵には、その、彼氏とかいたのかな?」
彼氏と喧嘩して別れた、耐えきれずに自殺……。
あっという間に導き出された答えだった。
「ありえないと思います」
「どうして?」
「葵は、その……」
何か言いにくそうだ。
「ファザコンなので……」
「ふぁざ……こん」
言葉の意味はわかるが内容が入ってこない。
「葵はモテたので、中学生の頃からいろんな人に告白されてました、同級生から社会人まで」
「社会人……」
「でも誰一人として付き合う事はなかったんです、一度聞いた事があります。どんな人なら付き合えるの?って」
「うん」
「パパみたいな人だって……」
杏奈が帰った後も明は一人考えていた、一体どこに泊まったのだろうか、親友の杏奈にも伝えていない場所……。
そこで何かあったのではないだろうか、朝帰りした理由、やたらと長い風呂、蓮への叱責……。
考えれば考えるほど想像したくないストーリーが頭をかすめる、そんな訳ないと思えば思うほど信憑性が増してくる。
『ごめん! 今日は杏奈の家に泊まることにしたからおやすみ』
明は葵とのラインのやり取りを見返した、するとこの文章を見た時の違和感に気がつく、正確には一つの可能性が頭にあるから気が付けたのだろう。
葵は明を呼ぶ時はもちろんだがメッセージのやり取りの時も必ず頭にパパを付ける。
『パパ、今から帰るねー』
『パパ、今日は少し遅くなるね』
『パパー、焼きそばに入れる紅生姜がないから買ってきて』
過去のやり取りを見返すとやはり全てのメッセージにパパが入っている、ないのはコレだけだ。
『ごめん! 今日は杏奈の家に泊まることにしたからおやすみ』
「誰なんだお前は……」
明はスマートフォンに向かって呟いた。
葵じゃない、これは誰か違う人物が入力した文章だ、明は確信した。
そしてそれはこれから始まる復讐の炎が燃え上がる前のほんの小さな怒りだった。
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