カースト頂点のギャルに激おこだったけど、百合になる暗示がかかってから可愛くて仕方ない

最宮みはや

第1話

 獅子は兎を狩るにも全力を尽くす――なんて聞いたことがあったけれど、どうやら私のクラスでカースト頂点、教室の王こと志々原凜々花ししはら りりかは兎をもてあそぶ趣味があるようだった。

 そしてこの兎というのが、いつも教室の隅で震えている私なのだから迷惑極まりない話である。


幸坂こうさかなに、まったキモい漫画読んでんのー? 隠れてないで、アタシにも見せてみぃ」

「……っさ」

「え? なに? 表紙隠すなって」

「…………っざ」


 ギリギリで『うっさ』と『うっざ』という罵倒を堪えて、私は本を閉じて鞄にしまった。口答えはできないけれど、視線だけで抗議してみる。


「しまわなくてもいいじゃん。見られたくなかった? エロいやつだったん?」

「人と話すときは本は閉じる」

「なにそれ? 幸坂、アタシと話す気なの? ウケる」

「……それで用あるの? ないなら、放って置いてほしいんだけど」


 いかにも馬鹿にしたように笑う志々原は、余計癇にさわることに美人だ。いわゆるギャルって感じで、明るく染められた髪色に、着崩した制服姿だけれど、不思議と下品に見えない。校則では禁止されているはずのアクセサリーもどうどうとつけていて、今も開いた胸元にはピンクゴールドのネックレスが見えている。それなのに、教師達から取り沙汰と注意を受けることもなく、当然クラスメイト達からの反感もないのは、彼女がカースト頂点の女だからだろう。


「用なんてわかるでしょ? 幸坂がまたボッチで漫画読んでっから構ってあげてんじゃん。そういう空気読めないで、不機嫌な態度ばっからから友達いないんじゃないの? オタクってそういうとこあるよね、変に自意識過剰だしっ」


 ――訂正、カースト頂点のウザ女だからだろう。

 友達ならいる。クラスは違うけど、中学から付き合いのある折部おりべという私みたいな地味な女子だ。要するに、オタ友。別に、私自身オタクを自称しているわけじゃない。好きなのも漫画くらいで、アニメとかゲームは全然だし。

 それを友達が居ないとか空気の読めないオタクとか勝手に決めつけてきて、失礼極まりないウザ女だ。

 ただでさえ私の貴重な漫画時間を邪魔してきているというのに。


「……構わなくていいから」

「うっわ、根暗ちゃんはこれだから……。自分一人で閉じこもってても楽しいことないよ? 可哀想に」

「…………ごめん、お手洗い行くから」

「アタシもついてってあげよっか? 一緒に行ってくれる友達いないでしょ?」

「いらない。一人で行く」


 志々原を振り切るようにして教室から出た。静かに漫画を読んでいただけの私がなんで逃げなきゃいけないのか。トイレの個室に入って――んんぎゃあああああああああ、あのウザ女ぁああああああアアアアア!!! って限界寸前だった怒りを解放した。もちろんトイレの個室だからって一人で騒いでしまうと完全に不審者だ。声には出さないで体の動きとかそういうので、感情を表現している。物とか壁にも当たっていない。

 そう、私は無害なオタク――ではないので、ただの地味な女子なのだ。

 だというのに、あのギャル、ウザ女は――ッ!!!


「というわけで……本当もう我慢の限界で……」

「だろうね。それお昼の話でしょ? もう放課後なのにめっちゃ引きずってるし」


 限界の限界過ぎて、放課後に折部の部屋へお邪魔させてもらっていた。高校から私の家までの道中にあって、漫画やらアニメグッズやらが所狭しとならんでいる彼女の自室は、私に取って第二のホームだ。オタクの部屋、居心地良い。教室で心すり減らしてきた今の私には全身から染み入るような何かまで感じる。天国かな。

 いつもだったらベッドの片隅を占領して、折部おすすめの漫画を読みながらまったり談笑しているのだけれど、今日はその前にたまりにたまっていた愚痴を聞いてもらっていた。呆れながらも、うんうんと聞いてくれる折部は天使だ。


「あーもうっ、どうにか志々原のこと黙らせられないかな」

「先生に相談?」

「……いじめってわけじゃないし、どうだろ」


 個人的にはレベルの精神被害は受けていると思うけれど、客観的に見れば一々絡まれて面倒なくらいだ。教師に報告してもまともに取り合ってもらえるとは思えない。そもそも志々原はギャルのくせして教師受けがいい。クラスメイトからも担任からも慕われているのが傍目にもわかる。だから私みたいな隅っこの者が訴えて動いてくれるはずもない。


「じゃあ、あれは催眠アプリとか」

「催眠アプリっ!?」

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