第17話:伝えない方が良い言葉
翌日もその翌日も、一週間、一ヵ月経っても彼女は学校に来ない。
「あんたが来るななんて言うから」「あんただって言ってたじゃん」彼女が学校に来れなくなった責任をなすりつけ合う声が聞こえる。あいつが居ると空気が悪くなる。そうじゃない。空気を悪くしていたのは彼女じゃない。彼女を悪く言っていた連中だ。現に、彼女がいなくなった後も険悪な空気はなに一つ変わらない。
「窓開けて良い?」
「あ、うん。良いよ」
「サンキュ」
窓際のクラスメイトに断り、窓から身を乗り出して彼女に想いを馳せていると、近くに座っていたクラスメイトの女子が「ねえ、小桜さん元気?」と心配そうに聞いてきた。去年も同じクラスだった女子だ。
「元気そうだったよ。俺は今日もあいつの家に行くけど、良かったら一緒にいく?」
「う、ううん。いい。私あの子とほとんど話したことないし……。でも……居なくなって清清してる人ばっかりじゃないよってことは伝えてほしい。また学校で会えると嬉しいって」
「分かった。伝えておくよ」
「う、うん。お願いね」
その日の放課後。部活終わりに彼女の家に向かっていると、途中で坂本と小森の姿を見つけた。二人と合流し、彼女の家へ。リビングからは海菜さんのものでも百合香さんのものでもない女性の声が聞こえてくる。彼女は膝の上にノートを抱えて、桃花中の制服を着た見知らぬ少女と楽しそうに談笑していた。俺達に気付くと、笑顔を咲かせて手を振る。少女はこんにちはと俺たちに頭を下げて名乗った。
「私は
「桜庭楓です」
「小桜希空です」
「坂本翼です」
「小桜さんから聞いているよ。今ちょうど君たちの話をしていたんだ」
小桜のノートを覗く。そこには俺たちのことが書かれていた。園芸部繋がりで花の話もしていたようだ。昨日まではなかった出窓に置かれた淡い紫色の花が咲く鉢植えはペチュニアといい、先輩からのプレゼントらしい。
「じゃあ小桜さん、私は帰るよ。久しぶりに話せて良かった。お大事にね」
そう言って小柴先輩は帰って行った。彼女が居なくなった途端、小森と坂本がなぜか慌てて何かを調べ始める。
「ペチュニアの花言葉『あなたと居ると気持ちが安らぐ』だって」
「んなぁ!」
「……えっ? なに? つまりそういうこと?」
小柴先輩も彼女のことを好きなのではという疑惑が持ち上がり始めるが、彼女は苦笑いして、色ごとに花言葉があるんだと説明してくれた。淡い紫は『人気者』という花言葉があるらしい。
『ちなみにこのペチュニアはサフィニアっていう品種でね。咲きたての笑顔っていう花言葉があるんだ』
彼女は早口で——もとい、早書きで語る。急いで書いている割には読める字を書くんだなと関心していると、小森が花を愛おしそうに撫でながらぽつりと呟く。
「可愛い花だね。君みたいだ」
彼女の顔がだんだんと赤く染まっていく。そんな二人の甘酸っぱい空気に当てられてしまったら、嫉妬を通り越して呆れるしかなかった。
「あー、そういや小桜、今日クラスの女子が言ってたよ。居なくなって清清してる奴ばかりじゃないよって」
居た堪れなくなり、ふと今朝のことを思い出して無理矢理話題を変える。
「そりゃそうだ。……あんなの一部だけだよ」
ありがとうと彼女は微笑む。その笑顔には少し複雑な気持ちが混じっているように見えて、クラスメイトが言っていた『また学校で会えると嬉しい』という言葉までは伝えられなかった。その言葉は今は彼女にとってはプレッシャーになってしまう気がしたから。
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