第14話:心因性失声症

 翌日は土曜日で学校が休みだった。昨夜送ったメッセージの返事は、昼ごろにようやく返ってきた。


『返事遅くなってごめんね。色々あって、何から話せば良いか分からなくて。とりあえず今は元気です。でも、身体は元気なんだけど、心はかなり疲れてるみたい。今さっき病院に行ってきました。心因性失声症っていう、声が出なくなる病気らしいです』


「心因性……失声症……?」


 声を失う病。初めて聞く病名ですぐに検索をかける。ストレスが原因で急に声が出なくなる病気らしい。一生治らないわけではないようだが、ショックは大きかった。すると彼女は『心配しないで。治る病気だし、うつるものでもないから』と言う。そしてこう続ける。


『学校は行けるよ。私は声が出ないから筆談するけど、耳は聞こえるから君は普通に話してくれて大丈夫だよ。いつもよりちょっと面倒かもしれないけど、会話ができなくなるわけじゃないから』


 だから大丈夫。そう締め括る彼女。一番不安なのはきっと彼女だ。深呼吸をし「分かった」と返事をする。それ以外に何を言ってやれば良いのかわからずにメッセージを書いては消して、書いては消してを繰り返していると、彼女は言う。『昔さ、なんで親いないの?っていきなり聞いてきたよね』と。苦い思い出だ。できれば掘り返さないでほしいと思いながら謝罪する。


『あれは流石にデリカシーがなかったと思ってる。ごめん』


『ううん。責めたいわけじゃないよ。あの時は君なりに、可哀想って言われてる私と普通に接しようとしてくれたんだよね。悪意がなかったのは分かってるよ。桜庭くん、優しいよね。昔から。私はその優しさにたくさん助けられてきた。ありがとう』


 彼女の優しい笑顔が浮かぶ。優しいのは彼女の方だ。そんな状態になっても自分より俺のことを気遣って。


『今朝ね、お母さん達とノート買いに行ったんだ』


『ノート?』


『うん。筆談用の。正直、自分が声が出なくなったことを突きつけられてるみたいで嫌だった。けどね、海菜さんが言ってくれたの。『いつかまた声が出るようになる時まで、このノートにたくさん思い出を綴ろうね』って。声が出なくて筆談じゃないと会話出来なくなってしまったことをポジティブに変換してくれたんだ。だからね、今、ちょっとだけわくわくしてる。このノートにどれくらいたくさんの思い出を残せるかなって』


 そう語る彼女の声は明るかった。文字だから声が聞こえるわけなどないのだが、明るい声で語っている姿は容易に想像出来た。改めて、彼女の母親の偉大さを感じた。凄い人に拾われたものだ。


『だから桜庭くん、声が戻るまでの間は少し不便だけど、今まで通り接してくれればいいから』


『分かった』

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