第12話:恋は諦めても
帰り道。彼女の家から出てくる海菜さんとすれ違った。
「あ、海菜さん……」
「おかえりなさい。愛華のことなら満ちゃんから聞いたよ。今から迎えに行くところ」
そう言う彼女は不安そうな様子は一切なく、いつも通りだった。まるでこうなることを前から知っていたかのようだった。
『あの子は多分、近いうちに辛い過去と向き合わざるを得なくなる時が来ると思うんだ』
以前海菜さんが言っていたことを思い出す。それが今だというのだろうか。
「……心配じゃないんですか。血が繋がってないとはいえ、娘なんですよね」
小森が海菜さんに突っかかり、坂本が止める。
「もちろん、心配してないわけじゃない。あの子は私達の大事な娘だよ。けど、いつかこうなることはなんとなくわかってた。……希空ちゃん、翼ちゃん、それと桜庭くん、あの子のこと心配してくれてありがとう。でも、信じてあげてね。あの子の強さを。じゃあ、また」
海菜さんは去っていく。とことん不思議な人だ。なぜ冷静で居られるのだろう。
「……希空。愛華は大丈夫だよ。お母さん達がついてる」
「……」
「とりあえず帰ろう。あとのことはお母さん達にまかせよう」
「……桜庭くんは……マナのこと、心配じゃない?」
「……そりゃ心配だよ。けど……」
『来ないで』『やめて』『触らないで』『気持ち悪い』彼女の悲痛な叫びが耳から離れない。
「あんな状態じゃ、今の俺たちには何もしてやれないだろ」
「……ボクが、好きだなんて言ったから」
ぼそっと小森が呟く。その一言に苛つき「いい加減にしろよ」と怒鳴ってしまった。
『例え今後何が起きても、あの子を好きになった自分を責めることは絶対にしないで。君が自分を責めれば、きっとあの子もまた自分を責めてしまうから』
海菜さんの言葉が蘇る。その言葉をそのまま、小森にも伝える。
「だから俺は、あいつを好きになったことも、告白したことも、なかったことにしないし、罪にもしない。後悔もしない。お前もあいつのことこれ以上悲しませたくないなら堂々としろよ。自分のせいだなんて二度と言うな。俺のライバルなんだろお前は」
響いたのか、小森は泣きながら頷いた。
その後、小森と坂本と別れて家に帰る。玄関のドアが閉まった途端、どっと疲れが押し寄せて玄関に座る。
「おかえり。どうした? 好きな子にでもフラれたかー?」
家にいた姉が揶揄ってくる。何も答えずにいると、茶化して良い空気ではなかったと察したのか俺の隣に座ってポケットティッシュを渡してきた。受け取り、鼻をかむ。
「……胸、貸そうか」
「……要らねえよバーカ」
「あぁそう」
姉はそれ以上は何も言わずに隣に居座った。
「……姉ちゃん、恋したことある?」
「失恋経験なら豊富だよ」
誇らしげに言う姉に、思わず笑ってしまう。
すると姉は失恋は苦い思い出ばかりではなかったと語り始めた。
「フラれた人達とは今どうしてんの?」
「疎遠になった人も居るし、付き合ってた頃より仲が深まった人も居る」
「えっ。付き合ってた頃より?」
「うん。その人は私にとってはすごく大切な人なんだ。けど、恋人の距離はちょっと近すぎた。私達は友達の距離がちょうど良いって、一度恋人になったからこそ、気づけた。恋愛ってね、友愛の上位互換じゃないんだ。友愛も、恋愛と同じくらい尊いものだと私は思う。恋愛的に愛することが叶わないなら、友人として愛せば良い。恋は時に諦めなきゃいけないけど、愛することはやめなくても良いんだよ」
「……愛することはやめなくても良い……」
「……失恋したばかりの人にはちょっと響かないかなぁ」
「ううん。……友達の母さんにも同じこと言われた」
「なに!? パクられた!?」
「いや、パクったかどうかは知らんけど。……ありがと。姉ちゃん」
愛することはやめなくて良い。
俺も姉と姉の元カノのように、彼女とこれをきっかけに今以上に仲良くなれるのだろうか。
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