第6話:恋のライバル
それから数日後の朝。通学中の小森と坂本を見つけた。小桜の姿はなかった。
「小森、坂本。おはよう。今日は小桜は休みか?」
声をかけると、二人が振り返る。何故か小森は泣いていた。大丈夫かと声をかけると彼女は涙を拭いて「君には関係ない」とそっぽを向く。
「……嫌われてんなぁ。俺」
「……桜庭くん、マナのこと好きだよね」
「マナって、しみ——小桜のことだよな」
「そう」
「……好きだよ。多分、恋愛的な意味で」
「……だよね」
昔は恋愛というと異性同士の恋愛を指すことがほとんどで、同性同士の恋愛は想定されていないことが多かったらしい。しかし、今は違う。恋愛に性別は関係ない。小森と彼女は同性同士だが小森が彼女に向ける感情が友情ではないことは分かる。
「……お前もなんだろ。小森」
「……うん。好きだよ。……好き。この好きは、友情じゃない好きだと思う」
「……告白しないのか」
「……していいの? 付き合えちゃうかもよ」
強気な台詞とは裏腹に、自信なさそうな言い方だった。しかし、俺も彼女が自分の気持ちに応えてくれるという自信はない。彼女の俺に対する好意は恋愛的なものではないことくらい分かる。
「……そうだな」
「そうだなって。なんだよその反応」
「いや……。……俺ってさ、男じゃんね」
「はぁ……? そうだね」
彼女は言っていた。同年代の男の子は平気だが、大人の男性はまだ少し怖いと。果たして、俺が大人になっても平気なままなのだろうか。友人だから大丈夫だと思いたいが、彼女が父親から受けた仕打ちは恐らく、俺が思っている以上に酷いものだろう。トラウマも根深いに違いない。
「小桜は……男でもいけるんかな。あいつ、女しか好きになれないんじゃないかなって」
「女の子の方が好きとは言ってたよ」
「だよなぁ……」
「そもそもマナは、今まで恋をしたことが無いんだって。恋愛対象は男性か女性かなんて、本人にもまだはっきりしてないと思うよ」
坂本はそう言って小森を見る。意地悪言ってやるなよというような顔だった。フォローしてくれたのだろうか。
「……君は彼女に告る気なの?」
「駄目か?」
「うん。駄目」
「なら、同時に告ろう」
「いや、抜け駆けすんなって意味じゃなくてさ……」
「じゃあなんだ」
「……友達の君やボクが告白したら……彼女を傷つけてしまうかもしれない」
「……どういうことだ?」
「……怖いんだって。人からの恋愛的な好意が」
「怖い? あいつがそう言ってたのか?」
「そう。誰かのものになるのが怖い。誰のものにもなりたくない。って」
「……」
「だからボクは、友達のままで居る。一番になりたいなんてわがまま、言いたくない」小森はそう語る。しかし、それは本当に彼女のためになるのだろうか。過保護になるなと月島先生は言っていた。彼女のために自分を犠牲にするのは、過保護ではないだろうか。
「……いいのか。それで」
「……マナを傷つけたくない」
「……はっ。露骨に好き好きアピールしてるくせに。どの口が言うんだよ」
「あれは……」
「そこまで言うならちゃんと隠せよ。じゃないと、いずれバレるぞ。本当は気付かれたいんだろ?」
そう指摘すると、小森は黙って俯く。小森の想いは分かる。俺だって、彼女を守りたい。好きだと言って、彼女を苦しめたくない。だけど、隠し通すこともできない。
「……俺は言うよ。俺もお前と同じ。隠せないくらい、好きなんだ。……多分、出会った時から」
「だけど……マナは……」
「お前はどうしたいんだよ。伝えたいのか、伝えたくないのかどっちだ」
「ボクは……」
言葉に詰まる小森。やがて俯き「どうしたらいいかわからないよ……どうしたら、このままずっと彼女の側に居続けられる?」と泣きそうな声で言う。「素直に打ち明けるべきだと思う」と坂本が答え、俺の答えを催促するように俺の方を見た。
「俺は告るよ。言わずに後悔するくらいなら言って後悔したい」
「その結果彼女を傷つけてしまったとしても?」
「……あいつは……そうやって気を使われる方が嫌なんじゃないかな。俺はそう思うけど」
「分かったようなこと言いやがって……」
「俺の方が先に知り合ったからな」
「付き合いはボクの方が長いんですけどー」
「まぁ、お前の好きにしろ。俺は伝える。付き合ってくれって言う。それで俺とあいつが付き合うことになっても文句言うなよ」
「……いつ言うの」
「……そのうち」
「意気地なし」と鼻で笑う小森。どの口が言うんだと呆れて「お前に言われたくねぇよ」とツッコミを入れると、ようやく笑った。
「……分かったボクも言う」
「いつ?」
「……そのうち」
「人のこと言えないじゃん。意気地なし」
「うるさい」
小森の言う通り、想いを伝えることで彼女を傷つけるかもしれない。しかし、彼女はモテる。俺や小森以外にも彼女に恋愛感情を向ける人間は居る。乗り越えないと、一生それに怯えて生きていくことになるだろう。
『たのまれたわけじゃないって、言ったくせに』
あの日の彼女の泣き顔が蘇る。もうあんな顔はさせたくない。笑っていてほしい。出来れば俺の側で。けれどきっと、俺よりも小森の方が彼女を幸せに出来る。そんな気がした。
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