君が笑ってくれるなら
三郎
第1話:彼女
彼女——
しかしある日、女子達が裏で彼女の悪口を言っているのを聞いた。言い返しに行こうとすると、誰かに止められた。彼女だった。
「……いいの」
「いや、よくないだろ」
「いいの」
彼女はそう言っていたが、陰口はだんだんとエスカレートし、やがて女子達は彼女に聞こえるように悪口を言うようになった。彼女は無視をしていたが、俺が耐えられなくなり、女子達に言い返した。
「おまえらさ、こいつとなかよかったじゃん。なんでわる口いうの?」
その日から陰口は無くなったが、彼女は孤立したままだった。
「桜庭くん、あの子と遊んであげてくれないかな」
ある日、担任にそう頼まれたが、一度は拒否した。
「あいつはそういうの、いやだとおもう」
「でも……桜庭くんだって、独りぼっちは寂しいでしょう?」
「まあ……うん」
「可哀想だと思わない?」
「でも、あいつはかわいそうっていわれるのいやだって」
「でも……」
「……わかったよ」
「本当? ありがとう桜庭くん」
結局、なんだかんだで俺も彼女を哀れんでいたのだと思う。あるいは、最初に親のことを聞いてしまったことの罪滅ぼしのつもりだったのかもしれない。どちらにせよ、その時俺が彼女に言った「誰かに頼まれたわけではなく自分が話したいだけ」という言葉は嘘だった。嘘だったが、彼女はその言葉で初めて俺に興味を示した。
「なんで?」
「なんでって……りゆうがないと話しかけちゃだめなのかよ」
「……わたしなんかとはなしてもつまらないでしょ」
「そんなことないよ」
「……そんなことあるよ。わたしはわらわないし、くらいし、こどもらしくないから」
だったら笑わせてやろうじゃないかと変顔をすると、彼女は意外にも簡単に笑ってくれた。話しかけたきっかけは哀れみと贖罪だったけれど、以降は彼女の笑顔が見たくて自分から望んで話しかけていた。自分が話しかけたいだけという嘘はいつしか真実になっていった。だけど、彼女は三年生の二学期に転校してしまった。転校することを知ったのは転校当日だった。
「清水、お前なんでおれに転校のこと言わなかったんだよ」
「……言いたくなかった」
「はぁ? なんでだよ。おれたち、友だちだろ?」
「……」
「なんでおこってんだよ。言ってくれなきゃ分かんねえよ」
彼女を問い詰め、逆に友達だから言えなかったのだろうかとハッとして彼女に謝ろうとすると、彼女は小さく呟いた。「うそつき」と。
「は? なんのこと……」
振り返った彼女は泣いていて、俺は言葉を失った。
「たのまれたわけじゃないって、言ったくせに」
そう言い残して、彼女は逃げるように去って行った。何がきっかけで彼女があの日の嘘に気付いたのかはわからなかったが、俺は何も言い返せなかった。最初はそうだったけど今は違うと言えたらと、ずっと後悔していた。その日のことは定期的に夢に見るようになった。いつかまた会えたら、謝りたいとずっと思っていた。
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