第26話 その名は

 ヨルガオの体がアラジンの方へ向く。槍の矛先を向けてくる。


「嘘だよな、ヨルガオ……」

「……」


 ヨルガオは無言の殺意で、『嘘はない』と示していた。


「なにをしておるアラジン! はやく逃げよ!!」


 この場で唯一の味方であるヤミヤミが声を上げる。


「くそっ!」


 ヤミヤミの声に動かされ、アラジンは走り出した。

 だけど、すぐにヨルガオに先回りされ、一閃。


「いって……」


 右の肩が数センチ抉られた。

 アラジンは尻もちをつきながら左手で傷口を触る。べっとりと、赤い血が左手に付いた。


「血……」


 思っていた以上に溢れていた血に動揺し、顔が青くなっていく。


「ああ……うわああああああああっっ!!?」


 はじめて対面する、本気の殺意。

 アラジンの思考は恐怖で凍り付いた。


「動け、動けアラジン!!」


 そう言ってヤミヤミは周囲を見渡す。


 キツツキとフーランはゴーレムに手を焼いているものの、余裕がないわけじゃない。

 バルゴは誓約碑を軽々と持っている。指示さえあればヨルガオに加勢できるだろう。

 アリババに至っては完全に手が空いている。


 そして正面にはヨルガオ。


 勝ち目はない、どころか、逃げることすら不可能。


「願いを使え、アラジン!!」


 もうそれしかない。それはアラジンもわかっていた。


(願い、願い! どう願う? なにを願えばいい!? 〈ジャムラ〉への瞬間移動か、それともコイツらを全員どっかへ飛ばして――いや、いっそ元の世界へ戻ればいい! でも、そうすればスノーや〈ジャムラ〉の人間はどうなる!? ヤミヤミとの約束は!? なにかないか! 全て丸く収まる願いは!!)


 恐怖からくる動揺のせいで思考がまとまらない。


「アラジン!!!」


 ヨルガオはジリジリと歩み寄ってくる。


「願いを言え、アラジン! 三つ目の願いを!!」

(駄目だ、このままじゃ死ぬ! 『元の世界へ帰らせてくれ』と願うんだ!!)


 アラジンは口をあけた、だが喉が開かなかった。


(こ、声が出ない……!?)


 過度な緊張状態により、うまく発声ができない。

 無情の槍はすぐそこまで迫っている。



「アラジン」



 ヨルガオは槍を構える。


「すまない」

「……っ!?」


 死を覚悟し、目を閉じた時だった。

 なにかが右手に当たった。


「え?」


 アラジンは右手を見る。アラジンの右手には――赤い光が宿っていた。


「うおっ!?」


 アラジンはなにかに引っ張られて飛んだ。右手がなにかに引き寄せられる。

 アラジンが飛んでいった先は、広場の入り口だ。


(こいつは、まさか!?)


 アラジンはこの右手の光に覚えがある。


(磁力!?)


 少し遅れて、アリババもその存在に気づく。


「バルゴ! 誓約碑を隠せ!!」


 アリババは叫ぶが、一手遅い。

 バルゴの持つ誓約碑に赤い弾丸が刺さった。誓約碑は赤く染まり、アラジンと同じ方向へ引き寄せられる。


「いてっ!?」


 アラジンは右手を思い切り何か硬い物ににぶつけた。誓約碑もアラジンと同じ物体にぶつかった。

 アラジンたちがぶつかったのは――青く光ったバイク。


「野郎共! 拍手喝采の準備はいいかぁ!!」


 バイクに跨ったその男は銀色の髪で緑のロングコートを着ていて、丸いサングラスを付けている。


 右手には赤色の銃、+の磁力を操る赤龍が握られている。


「ヴィ―ド様の御登場だ……!」

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