第7話 二つ目の願い

 荒神は考えた。

 いま必要なのは目の前の男2人と会話する能力、願いを使えばその目的を果たすのは簡単だ。ただを見るならば、願いの内容はるべきだ。


「『この国の人間と会話できるようにしてくれ』と願えばアイツらの言葉がわかっても文字はわからないだろ」

「うむ。たしかに文字がわからないのは不便じゃのう」

「それに言語の違う他の国に行くことになるかもしれない。そうなったらまた振出しだ」

「おぬしの言う通りじゃ。しかしおぬしの懸念を全て1つの願いで晴らすのは無理じゃないか?」

「そうでもない。願いの内容はこうだ。――この俺、荒神千夜を『全ての言語に対応できるようにしてくれ』。これならこの国の文字も言葉もわかるし、他の国の人間にも対応できるだろ?」


 文字を読む『読み』、文字を書く『書き』、そして言葉を交わす『喋り』。この3つをマスターできれば問題はない。


 『全ての言語を読めるようにしてくれ』だと『書き』と『喋り』が抜ける。『全ての言語を読み書きできるようにしてくれ』でも『喋り』が抜ける。『全ての言語を喋れるようにしてくれ』だと当然『読み』と『書き』が抜けてしまう。


 だが『対応できるようにしてくれ』と願えば3つの条件を見事にクリアできる。ある種曖昧な言葉の方が幅広くカバーできるのだ。


「ほう! おぬし、願いの使い方に関してだけは頭が良いのう!」

「『だけ』は余計だ」


 ヤミヤミはゴホンと咳払いし、シリアスな顔つきをする。


「改めて問おう、アラジン。――二つ目の願いはなんじゃ?」

「この俺、荒神千夜を『全ての言語に対応できるようにしてくれ』」

「その願い、たしかに聞き受けた」


 一つ目の願い転移の時ほど派手なアクションはなかった。

 ヤミヤミは両手から金色の光を出し、空に投げる。金色の光が荒神の頭に落ちると、荒神の脳に強い衝撃が走った。


「完了じゃ」

「……変な感覚だ。雷が落ちたみたいに頭がビリビリする」


 さて。と荒神は衛兵の方へ歩み寄る。


「おい。いつまでそこに居るつもりだ?」


 衛兵の言葉が今度はハッキリわかる


「(よし、ちゃんと聞き取れる)……そこを通してくれ」

「ダメだ」

「どうして?」

「通行証がないからな。身分の知れない者を通すわけにはいかん」


 言語問題は解決したものの新たな問題が浮上する。

 通行証など荒神が持っているはずがない。手に入れるあてもまったくない。しかし国に入れなければ砂漠で餓死の未来が待っている。


(どうしたものか……)


 荒神が立ち尽くしていると、



「いーじゃねぇの。通してやんな」



 荒神の背後から男が声を発した。荒神は声の主を見て、「いっ!?」と驚きから声を漏らした。無理もない、男の顔は白塗りで、ピエロのような化粧を施していた。


 髪は銀で、後頭部から垂らした三つ編みを腰の所まで伸ばしている。身長は荒神より10cm以上は高く、恐らく180~185cm。服装は緑のロングコート。両手には指ぬきグローブを装着している。


 日本には絶対いない風貌の男。ピエロ風の化粧は不気味さがある。


「ヴィ―ドさん!」


 若い方の衛兵が声を上ずらせた。

 ベテラン風の衛兵も目つきを柔らかくした。どうやら衛兵たちに顔が利く人物のようだ。


「ヴィ―ド。アンタには世話になっているが、見ず知らずの男を通すわけには……」

「このガキに危険性はないよ。よく感じ取ってみろ、コイツは“ダキ”だ」


 ヴィ―ドに言われ、衛兵は荒神を改めて見る。

 なにを感じ取ったのか、衛兵の目にかすかに同情の色が映った。


「……わかった。通ってよし」


 衛兵は道を譲る。


「なんとかなったようじゃのう」

「……みたいだな」


 先行するヴィ―ドについて行く。

 門をくぐったところでヴィ―ドは口を開いた。


「見たことない服装だが、お前さん、一体どこから来た?」

「日本だ」

「二ホン? 聞いたことねぇな」

「アンタは何者だ? 随分と慕われているみたいだけど」

「俺はヴィ―ド=カタストロフ、ここで商人をやっている」


 ヴィ―ドの背を見ると、荒神に負けないぐらい膨らんだバッグがあった。

 バッグからはヘンテコな芸術品から有用性のありそうな物まではみ出ている。


「商人がどうして俺を助けた?」

「まずは『ありがとう』じゃねぇのか? まぁいいけどよ。同情だよ、同情。お前、“ダキ”だろう?」

「さっきも言ってたな、“ダキ”ってなんだ?」

「本当に田舎から来たんだな……“ダキ”ってのは魔力がゼロの人間のことさ。魔力がまったくない人間なんざ一万分の一、『“ダキ”は可哀想だから助けてやれ』っていうのがこの国の共通認識。だから衛兵も通してくれたわけだ」


 荒神はヤミヤミの授業を思い出す。

 魔力は魔法界の人間のみが持つ。人間界の人間である荒神が持っているはずがない。


 荒神にとって自分が“ダキ”だということはどうでもよかった。

 荒神の好奇心はもう次のことへ向いている。


「なぁ! 魔力があればなにができるんだ!? やはり炎の球を飛ばしたり、傷をあっという間に治せるのか?」

「お前、本気で言ってるのか?」


 荒神のあまりの無知さ加減にヴィ―ドは「やれやれ」と息をつく。

 魔力があってできること、それはこの世界の住人にとっては常識だ。


「魔力があってできることはだな……」


「強盗だ!!」


 ヴィ―ドの言葉を遮り、とある商人は叫んだ。

 露店から金と野菜を盗んで逃走する2人組の男が向かってくる。頭に怪我を負った男性店員が彼らの背に向かって「誰か捕まえてくれ!」と叫ぶ。


「おい、こっちに来るぞ!」

「仕方ねぇな……」


 強盗2人は荒神とヴィ―ドの方向へ走ってくる。


「止まれ」


 ヴィ―ドが強盗に忠告を投げる。


「退け!!」


 強盗は速度を緩めない。

 強盗の1人が蛇使いが使うような縦長の笛を出した。


(笛……?)


 異界の者である荒神はなぜ強盗が笛を出したかわからなかった。

 だが、荒神以外の人間は笛を見て、緊張感を走らせた。


「来い! 剛翼の蛇ウィングスネーク!!」


 強盗が笛を鳴らすと、音色に呼応したかのようになにもない空間から翼の生えた蛇が出てきた。


「へ、蛇を召喚しやがった!?」

精霊召喚士ビーストサモナーか……ったく、バトルは得意じゃねぇってのに」


 ヴィ―ドは両手を開く。

 荒神はヴィ―ドのグローブの掌の部分に図形が描かれていることに気づいた。


(アレは……魔法陣か!?)


 ヴィ―ドはグローブの魔法陣――否、に魔力を込める。


赤龍セキリュウ青龍セイリュウ。――召喚」


 ヴィ―ドの右手に赤い拳銃が、左手に青い拳銃が召喚された。

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