竜騎士専門学校へようこそ!

空松蓮司

第1話 憧れの空

 アースれき980年、人間と竜の戦争が始まった。

 アース暦1006年、人間は竜の隷属化に成功し、竜に跨り戦う竜騎士が生まれた。

 アース暦1086年、人類は竜のおさである七体の竜、“七王竜しちおうりゅう”の封印に成功し、戦争は終結した。


 それから500年後――人類は竜と絆を深め、一家に一頭は竜を所有するようになった。


 馬車などの交通手段はほぼ全て竜へと移行する。大地を移動するときは地竜ちりゅうを、海を渡る時は海竜かいりゅうを、空を移動したい時は飛竜ひりゅうもちいる。戦争も配達も交通も全て竜を使う。もはや、人類に竜は欠かせない存在となった。


 そんな中、この竜社会に適応できない少年が居た。


「竜騎士なんてクソッタレだ」


 空を行く飛竜を見て、金髪の少年は呟いた。

 少年の名はフレン=ミーティア。12歳。首に子供にしてはサイズの大きいゴーグルを掛けているのが特徴的だ。

 彼は竜に乗るのが大嫌いだった。

 理由は単純で、彼は重度の――乗り物酔いをわずらっているのだ。



 ---



 最初に竜に乗ったのは7歳の時だった。


「フレン! 今日はワシの愛竜ブルースカイに乗せてやる!」


「ほんとお爺ちゃん!? やったー!」


 小さな一軒家の玄関で、爺ちゃんに誘われたオレは飛び上がって喜んだ。


 オレは空に憧れていた。理由は親父だ。


 親父は別に竜騎士でもなんでもない、ただの配達屋だ。いつも親父からは空の美しさや、飛竜に乗る楽しさを教えてもらっていた。親父は配達中の事故でオレが5歳の時に亡くなったが、今でも親父のことは誇りに思っている。


 そんな親父の影響もあって、オレは飛竜に乗れる日を心待ちにしていた。ずっと爺ちゃんにねだっていて、今日やっと誘われたのだ。


 ――しかし、夢は30秒で絶望に変わった。


 爺ちゃんの愛竜ブルースカイは飛竜類(空を飛ぶ竜類)蛇竜種(蛇のような頭をした竜種)。安定的な飛行を売りにしている。にもかかわらず、オレは爺ちゃんの竜に乗り、ものの30秒で、


「爺ちゃん、ギブ」


「へ?」


 吐いた。

 爺ちゃんの背中に思いっきり朝ごはんをまき散らした。


 そう、オレは竜に酔ったのだ。


 それから地竜、海竜にも乗った。

 だが、全部吐いた。


 何度も何度も何度も、色々な竜、様々な竜騎手に乗せてもらった。

 でも、全滅。

 酔わないために、あらゆる酔い止め薬を飲み、あらゆるトレーニングを重ねた。

 でも、全滅……。


 12歳になる頃には諦めもついた。オレに竜騎士は無理だとな……。


 今は自分の足で、新聞配達をしている途中だ。


「さて、これで全部だな」


 新聞の配達を終え、店に戻る。


「店長、配達終わりました」

「ご苦労」


 店長は自慢の尖った顎髭をいじっている。


「そうだフレン。お前に言うことがあった」


「はい。なんすか?」


「お前、クビ」


……なんだって?


「え? どうして!? なにもミスはしてないだろ!」


 店長は顎髭を撫で続け、一切オレに視線を合わせない。

 まったくもって興味なしって態度だ。


「理由を説明してくれ!」


 店長が足を掛けている机をオレは叩く。

 ようやく店長はオレのことを見た。


 そして、つまらなそうに、早口で言葉を紡ぐ。


「スピードは遅い、配達件数も少ない。お前を雇っているメリットがない! いいか? お前以外の奴は全員竜に乗って配達をしている。スピードも件数もお前の何倍もあるんだ」


「そんなこと言われたって……」


「お前も早く竜に乗れるようになれ。そんなんじゃ、どこも雇ってくれないぞ」


 店を出て、帰路につく。


「竜に乗れなくても職についてる人はいっぱいいるっての……はぁーあ、やってらんないぜ。ったく」


 空には今も多くの飛竜が飛んでいる。

 町の石階段を下りたところで、オレは空を見上げた。

 飛竜に乗り、笑い合う男女が見える。


「……そんなに楽しいのか? そこはさ」


 竜に乗るのはもうあきらめた。

 だけど、だからと言って、空への憧れがなくなったわけではない。

 今でも憧れは憧れのままだ。


「ん?」


 耳に、竜の泣き声のようなものが聞こえた。

 助けを呼ぶような声だ。


 オレは声の方を向いた。


「なんだアレ……?」


 一匹の黒竜が、遠くの空でヨロヨロと今にも落ちそうな感じで飛んでいる。


「やばくね?」


 オレはとりあえず、竜の方へ向かって走り出した。段々と竜は降下を始める。


「やばいやばいやばい!」


 竜は町の外の森へと落下した。ちょうど郊外にあるオレの家の前の森だ。

 町を出て、森に入り、竜が落ちた場所へ行く。


 木々の隙間から差し込む陽光の下。枝や葉が散らばる地面に、その人は倒れていた。


 丸い眼鏡を掛けた、白髪の男。歳は20ぐらいで、緑のローブを着ている。

 竜の姿は見えない。

 男の右腕に封印紋章――竜紋がある。


 竜騎士などの竜を扱う職業の人間は竜をみずからの体に封印し、好きなタイミングで封印を解除し、呼び出すのだ。


 恐らく、落下の直前で竜を自分の体に封印したな。


「おい! 大丈夫か!」


 男は目を覚まさない。


「ちっ、仕方ない」


 オレは男を持ち上げようとするも、


「重い……!」


 爺ちゃんを呼ばないと駄目か。ここから家までは近いけど、往復で15分はかかる。

 男の体で一番大きな傷は脇腹にいた風穴! 素人のオレでも、すぐに治療しないとまずいとわかる。と言っても、オレの手持ちに傷薬なんてな――


「そうだ」


 オレは男が掛けているショルダーバックを探る。

 もしもこいつが竜騎士なら、治療薬の1つでもあってもおかしくない。

 

「あった!」


 円形の器に入った止血薬。とりあえず、ありったけを傷口に塗ろう。


「これで良し。爺ちゃんを呼ぼう!」


 オレは爺ちゃんを呼ぶために一度家に戻った。

 

---


 オレは爺ちゃんと担架を持って森に戻った。男を担架に乗せ、竜小屋に運ぶ。

 俺の家の傍にある竜小屋で、男は布の上に寝かされた。

 爺ちゃんは竜医だ。「人間は専門外だ」と言いつつも、手際よく男を治療した。

 爺ちゃんは男の治療を終えると、緑色の液体が入った注射器を手に持った。


「爺ちゃん。それは?」


「竜紋を無理やり剥がし、封印を解く薬品が詰めてある」


 体に竜を封印した際に体にできる紋章を竜紋と言う。竜紋となった竜はいつでも呼び出すことができる。だがそれは、騎手に意識があればのこと。

 男の意識がない今、竜を封印から解放するには薬品の力を借りるしかない。


 注射の針が男に食い込む。

 すると、竜紋が剥がれ、形を変え、黒の飛竜となった。

 竜小屋に敷かれた藁の上に、黒竜は横たわる。


「飛竜類牙竜がりゅう種か」


 牙竜種は一番ノーマルな竜とでも言えばいいか。トカゲに角を生やし、牙が発達させたような外見の種族である。

 飛竜は空を飛ぶ竜。海竜や地竜にはない翼がある。


「こいつはひでぇ……右の翼の根元がパックリいかれてやがる。フレン、すぐに手術を始める。助手を頼む」


「わかった!」


 それから5時間に及ぶ手術をおこなった。



 ---



 男と黒竜。

 先に目を覚ましたのは男だった。


「ん……っ」


 男はいま、真っ裸らで傷に包帯を巻かれている状態だ。

 男は体に掛かった布団を腰まで下ろし周囲を見渡した。


「ここは……?」


「ほら、これ掛けろよ」


 オレは男に丸眼鏡を手渡す。 

 男は眼鏡をつけ、オレを見た。


「君が……助けてくれたのかい?」


「助けたのはオレじゃなくて爺ちゃんだ」


 男は横たわる黒竜を見つけ、瞳に涙を溜めた。


「コクトー!」


 男は真っ裸で竜の頭に抱き着く。竜はペロリと、男の頬を舐めた。


「よかった……無事で!」


「竜もアンタも命の心配はないってさ」


「ありがとう! 君とお爺さんのおかげだ……ところで、そのお爺さんはどこへ?」


「いま倉庫に包帯を取りに行ってる。えーっと、だな」


「ん? どうしたんだい?」


「爺ちゃんが来る前に、隠れた方がいい」


 竜小屋の扉が開かれる。

 爺ちゃんは男を見ると、目をギラっと開いた。


「あ、すみません。このたびはお世話に――ぶごはぁ!?」


 爺ちゃんは拳を握り、思い切り男の頬を殴り飛ばした。

 男は木製の餌箱に背中から突っ込む。


「テメェ、この野郎! 竜をこんなにも傷つけやがって!! 竜の命をないがしろにすんじゃねぇ!!!」


「……やっぱこうなるか」


 爺ちゃんは竜馬鹿だ。

 竜大好き人間。多分、人間より竜の方が好きだこの人は。


「いやはや……返す言葉もない」


 男は頭に大きなたんこぶを作った。

 男は反論しない。爺ちゃんは男の申し訳なさそうな態度を見て、鼻息をフンと鳴らすと、頭から血を下ろした。


「そんで、テメェはナニモンだ?」


 男はバッグを探り、手帳を出した。

 手帳を開き、男は手帳に張り付いた写真を見せる。


「シグルズ騎兵団所属、七つ星竜騎兵のソラ=ラグパールです」


「七つ星……!?」


「シグルズなんたらってなんだ?」


「この〈ニーズヘッグ〉王国直属の騎兵団のことだよ」


「国一番の騎兵団だ!」


 つまり、こいつは相当のエリートってことか?


「竜騎士は星の数で階級を示す。星が多ければ多いほど竜騎士の格は高い。星の最大は七つ! つまり、コイツは〈ニーズヘッグ〉のトップレベルの竜騎士ってわけだ」


「いやはや、恐れ多い。僕なんてまだまだです。現に今日も帝国の竜騎士にやられてこのざまですからね」


「近くまで帝国の連中が来たのか!?」


「厳密には帝国の思想にあてられた信者の集団です。あ、大丈夫です。撃退しましたから」


 〈ニーズヘッグ王国〉から海を越えた先にある大国、〈フレースヴェルグ帝国〉。

 人と竜の共存を訴える〈ニーズヘッグ〉と違って、帝国は『竜は危険だから絶滅させるべし!』という信念を持っている。2つの国は現在、睨み合ってる状態。冷戦というやつだ。


「……アンタは町を守ってくれた英雄さんだったのか。すまねぇな、さっきは殴ってよ」


「いいんです。コイツを守れなかったのは事実ですから」


「お前も竜も全治1ヵ月だ。傷が治るまでは面倒見てやる」


「いえ、そんなお世話になるわけには……」


「お前はともかく、竜は今の状態で動かすのは危険だ。わかるだろ?」


「いや、ですが」


「ほぉう? またこいつに無理をさせる気かぁ? いい度胸だな……小僧」


 爺ちゃんはポキポキと指を鳴らす。


「おいお前、ここは素直に甘えた方がいいって。またぶん殴られるぞ」


「……すみません。お世話になります」


 こうして、ソラは俺の家に1ヵ月の間、泊まることになった。

 この1カ月が、オレにとってかけがえのない時間となる――


---


 ソラが来てから一週間が過ぎた。

 ソラは竜小屋で寝泊まりしている。オレと爺ちゃんは家に泊まるよう言ったんだが、自分の竜と一緒に居たいと言って竜小屋に泊まっている。


 オレは度々たびたび竜小屋に訪れては、コクトーの世話をしていた。


 コクトーはキリっとした目つきで、カッコいい黒竜だ。頭を撫でると、頬っぺたを舐めてくれる。めちゃくちゃ可愛い。こんなカッコいい感じなのに甘えん坊なのだ。このギャップの破壊力が凄まじい。


 今日もまた、食事を運びがてら頭を撫でたら頬っぺたを舐めてくれた。首をさすると嬉しそうに顎を上げる。何度も言うが、可愛い。


「君は竜が好きなの?」


「竜は好きだ。竜騎士は嫌いだけどな」


「なにか理由があるのかい?」


「……オレが竜に乗れないのに、竜に乗ってるから嫌いだ」


 我ながら子供っぽい考えだと思う。子供だからいいか。


「竜に乗れない?」


「竜……というか、乗り物に乗ると酔って吐いちゃうんだよ。7歳の時に爺ちゃんに竜に乗せてもらって吐いた。それから何度か挑戦したけど、全部吐いた」


 何度も……何度も挑戦した。

 いろんな竜に、いろんな人に乗せてもらった。 

 でも、駄目だった。


「オレは竜に乗る資格がないらしい。……あんなに憧れていた空だったのに、竜の背中から見る空はいつもグルグルしていて、歪んでいて、酷かった」


 あんな空を見るぐらいだったら、竜に乗るんじゃなかった。


「資格、ねぇ……言葉を返すようで悪いけどさ」


 ソラは笑い飛ばす。


「それはきっと、これまで君を竜に乗せた人が下手だっただけだよ」


「え……」


 真っすぐな目でオレを見て、言い放つ。




「僕の空は、綺麗だよ」




 これまでの謙虚な姿勢から一転、自信に溢れた言葉だった。


「ガウ!」


「お! コクトー、どうやら同じことを考えていたようだね」


「……?」


 なにを考えてやがる?


「フレン」


「なんだ?」


「明日、一緒に飛ぼう!」


「断る」


「なんで!?」


「いや、だってお前、ついこないだ落ちたばっかりじゃないか」


「それは怪我してたからだで……」


「それに、まだ怪我だって治ってないだろ」


「ちょっと飛ぶぐらい大丈夫さ。コクトーだってやる気だ」


「ガウ!!」


「……」


 まぁ、少しだけ付き合ってやるか。


「わかったよ」


 期待はしないでおこう。

 七つ星の竜騎士とその竜だからって、オレの乗り物酔いを治せるはずがないんだ。



 --- 



 次の日の朝。

 オレとソラ、コクトーは家の前の野原に並んだ。オレ達の後ろには爺ちゃんも居る。


「いいか! 飛行は20分までだ! これを破ったら、例えお前さんでもぶっ飛ばす!」


「はい! わかってます!」


「……心配いらねーよ。オレはどうせ30秒ぐらいで酔っちまうんだから、1分で帰ってくるさ」


 ソラはゴーグルを掛けて、コクトーに跨る。

 その瞬間、ソラとコクトーの周辺の空気が変わった。威圧感が凄い。


「早く乗りなよ。いま、良い風が吹いてる」


 オレはソラより差し伸べられた右手を掴み、コクトーの背中、ソラの前に乗る。オレが首に掛けたゴーグルを上げると、コクトーが浮いた。


「コクトー。行くよ」


「ガウガウガウ!!」


 ふわっと、コクトーは翼を羽ばたかせ、空を飛ぶ。

 そして、急上昇していく。



 不思議な感覚だった。



 波を乗りこなすサーファーのように、コクトーは風を乗りこなし、ぐんぐん上昇していく。

 なぜだろう。

 コクトーは旋回したり、ジグザグに動いたりもしている。速度も緩めていない。激しく動いている。なのに、全然気持ち悪くならない。


 ソラはコクトーの背を指で叩き、指示を出してるようだった。ピアノを奏でる奏者のようだ。両手の指で、細かく指示を飛ばしている。


「酔い、っていうのはさ、無駄な動きに反応して出てしまうものなんだ」


 ソラは耳元で囁く。


「揺れたり、姿勢が悪かったり、うるさい風の音、視界の悪さ……いろいろなが積み重なって出来上がる」


 コクトーは上昇し、そして、雲に突入した。

 視界を雲に遮られると、少しだけ、撫でる程度に気持ち悪さがきた。だが、全然我慢できるレベルだ。

 なるほど、確かに視界が悪くなった瞬間に軽く酔ったな。


「無駄のない飛行なら、酔いは出ない」


 雲を抜けると同時に、気持ち悪さは完全に消え去った。

 そして、視界に広がる、



――真っ赤に輝く太陽と、白い雲海。



 青い空に、いま、オレは居た。


「すげぇ」


 すげぇ、すげぇすげぇすげぇすげぇ!!


「どうだい、僕の空は綺麗だろう?」


 オレが憧れていた空が、そこにはあった。

 この先、なにがあっても……オレは絶対にこの景色を忘れない。

 



――そこには世界が広がっていたのだ。

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