第32話 門番

「それは、危険ではないですか?」


「それ以外に、家に侵入して、確実に太政大臣に会う方法が思い浮かばん。俺じゃ、それは役不足か? 壮羽がその役だと、身長が高すぎて、変装が大変だろう?」


その作戦を変更する気は西寧にはないらしい。

『女を一人、工面』意味が分かって言っているのだろうか? 

怪しい。だが、西寧のことだ。やってみて失敗しなければ、引きはしないだろう。


「……分かりました。では、ナイフは肌身離さずお持ちください。私が危険だと判断すれば、引いて下さいね」


壮羽の用意した衣装に着替えながら、西寧がコクコクと首を縦に振る。本当に聞いてくれるのだろうか。壮羽は、多難な前途に天を仰ぐ。


 太政大臣の家は、やたらと広い屋敷だった。通りを、塀がずっと取り囲んでいる。中は見えない。


「壮羽は、中に入ったことがあるのか?」


「はい。前の主について一度だけ。その時も、太政大臣に賄賂を持って行きました。息子の仕官のために、口をきいてもらうためだとか」


壮羽の答えに、西寧がフウンと、答える。腐った政治。そのようなことを繰り返せば、国が細る。何故なら、賄賂を積んで入った無能な役人が増えて、有能な者は他所に流出するからだ。それでは、国の運営は、立ちいかなくなる。肥えるのは、大臣の個人の懐だけ。そういった日和見が上手い者を政治力がある者と勘違いを始めれば、その国は終わりだ。本当の政治力とは、民の心を汲み国の先々を見通し、必要なことを多くの壁を乗り越えて実現する力。大きな違いがある。


「ならば、壮羽。門番への説明は、お前に任せる。いいか? 目的は、二人で太政大臣の所に行くこと。五分話して無理ならば、撤退する」


「かしこまりました。上手く突破してみましょう」


 西寧の命令に、壮羽が門番を抜ける言い訳を考えた。


 門番の男は、トカゲの精だった。虎精でない所をみると、異国から来た傭兵だろう。背の小さな、目玉がギョロギョロした男。長い舌が、時々チロチロと口からはみ出している。


「失礼いたします。大臣葉居の使いで参りました。この度の失態のお詫びにと、太政大臣様に女を一人ご試食いただきたいとのことです」


先に立った壮羽が、門番に話しかける。丁寧なのに、汚い言葉。大臣と太政大臣の品位が疑われる言い回し。壮羽は、自分で言っていて、虫唾が走る。だが、表情には出さない。


「お前は、見たことあるな。確かに、葉居様の奴隷だ。……女か。見せてみろ」


壮羽は、門番の前に乱暴に西寧を突き出す。西寧が頭からかぶっていた布を乱暴にはぎとる。西寧が、不安そうな顔で、門番に挨拶をする。


「若いな。美人だ。どれ……」


門番が、西寧の腕を撫でまわす。西寧は、気持ち悪くてビクリと震える。


「反応が初心でしょう? 水揚げ前の娘です。味見は、ご遠慮いただけますか? 太政大臣様に新鮮なままお楽しみ頂きたいので」


壮羽の言葉に、門番が、卑猥な笑いを浮かべる。

水揚げ? なんだろう。

西寧の知らない言葉だった。知らないことは、どうしても気になる。


「あの……壮羽様。水揚げってなんですか?」


小さな声で西寧が、おずおずと壮羽に聞けば、門番が、声をあげて嗤い出す。


「初心だな。そんなことも知らん娘か。これは、帰るときが楽しみだ。なあ、太政大臣の用事が済んだら、今度こそ俺にも味見をさせてくれ。水揚げが済んで、泣きはらしたままの娘を味わいたい。金は払う」


刺し殺してやろうかと思うくらいに、壮羽は、ムカついている。だが、今は、この門を、何事もなく通り過ぎることが大切だ。ぐっと堪えて、ニコリと笑う。


「ええ。金さえ頂ければ、問題ないでしょう。では、後程。楽しみにお待ちください。以前、お伺いした時に、作法は心得ましたので、このまま、案内のお手間を取らせずに参ります」


壮羽は、西寧に再び頭から布をかけて、乱暴に腕を引っ張って、太政大臣の屋敷の門を通り過ぎた。トカゲは、いつまでも、舐めまわすようにねっとりとした視線で、西寧を見ていた。

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