第16話 奴隷部屋

 奴隷として、どこかに売り出されるのだろう。


 西寧の任されていた店は、副店長をしていた男が継ぐことになった。

 西寧を連行する男が言っていた。

 副店長の男は、利益は自分が全て采配して出していたと商人に申告したのだと。

 西寧は、店の金を着服して、周りに賄賂を贈っている。だから、あのように西寧を可愛がる常連客も増えた。しかし、日に日にその金額は大きくなり、我慢の限界だから、ひっ捕らえて罰してくれ。

 ……それが副店長の男の主張だった。 


 商人の娘も、男の主張は正しいと証言したらしい。


 実の娘にまで言われれば、商人は、それを信じてしまった。

 それで、西寧は連行されることになったのだそうだ。


 馬鹿な話だ。


 実際に運営を任せられれば、すぐにばれる嘘。

 子どもに利益が出せていたのならば、大人の自分がやれば、もっと多くの利益が出せると考えたのだろう。そう考えて、邪魔な西寧を、取り除くことで、自分の出世を果たしたのだろう。ひょっとしたら、夫婦二人で自由に運営できる店が欲しかったのかもしれない。


 その画策に気づけなかったのは、自分の落ち度だと西寧は考えた。

 もう少し、嫌いな相手を無視するだけでなく、その動向にも気を配るべきだったと。


 あの店は、競合が軒を連ねる激戦区にあった。色々な工夫を重ねなければ、瞬く間に、他の店に喰われてしまう。展示品の工夫も、他の店が真似し始めたので、目新しさがなくなって客寄せにならなくなった。丁度、次の策を実行しようと算段していたところだった。西寧を売った商人も、店が潰れて初めて、自分が誰に騙されて、どれほど損な取引をしたのかに気づくだろう。

 自業自得だと西寧は思った。


 問題は、自分自身のこれからのことだった。


 西寧は、奴隷として売られる日まで、小さな部屋に閉じ込められることになった。

 部屋には、もう一人、男がいた。壮羽という名前の烏天狗だった。

 昔、チラリと窓から顔をみた烏天狗の男。西寧と同じように、手かせと足かせを嵌められている。


「あなたは……どうしてここへ?」


 西寧の顔を見て、壮羽が驚く。

 西寧も、壮羽の顔を覚えていたが、壮羽も覚えていたようだ。

 

いつか、鉄格子の入った窓から、通りと虚ろな目で見つめる烏天狗の男を見た。

 綺麗な黒い羽根。あれがあれば、どこにでも飛んでいけるだろうに、何をそんなに絶望しているのだろう。

 西寧は、不思議に思った。

 

目線があったから、手を振ってみたら、すぐに隠れてしまった。

 やはり、この黒い毛並みの虎の精であることで、忌み嫌われたのだろうか。

 西寧は、そう思っていた。

 だが、違ったようだ。壮羽は、子どもの西寧相手に、ずいぶん丁寧な言葉遣いをする。蔑んでいる相手に使う言葉ではない。


「覚えていてくれたのか。ありがとう」


西寧は、仲良くなりたくて、砕けた言葉を使ってみる。


「働いていた店の主である商人に売られた。俺がいらなくなったのだろう」


 西寧は、カラカラと笑う。


 奴隷となって、今後どのような扱いを受けるか、想像もついていないのだろうか?

 西寧の表情は、明るい。


「あなた、自分が奴隷の身分になったことを理解していますか?」


「分かっている。だが、まあ、案じて泣いても事態は良くならん。ならば、ある物を工夫して、なんとか最善を考える。いつものことだ」


 壮羽の言葉に、西寧が、サラリと言ってのける。

 

 周囲を見回し、何がどこにあるのかを観察している。何もない部屋。石造りの壁に、窓が一つあり、格子が嵌められている。窓の外は、川になっている。


「お前の顔は、確か、随分前に見たが、まだ売れてないのか?」

西寧は、壮羽に尋ねる。


 成人の烏天狗。見目も悪くない。奴隷を商売で扱ったことは無かったが、それでも壮羽ならば、すぐ買い手がつくだろうことは、西寧にも分かる。


「私は、罪を犯した烏天狗ですので。何度も売られては、また奴隷市場に逆戻りです」


壮羽は、そう答えた。


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