【075】さるかっぱ合戦【暴力描写あり】

『猿が河童を殺害。

 ○月○日、赤信号で待っていた河童を猿が突き飛ばすという事件が起きた。被害者は病院に運ばれた後に死亡。多数の目撃証言はあれど容疑者は未だ逃走中である。

 この件について被害者の息子に話を聞く事ができた。

 彼によると、以前から両者の間でトラブルがあったようだ。

 被害者が落とした万年筆を猿が拾い届け、被害者は感謝してお礼に河童の軟膏を渡す。それで解決したはずだった。

 しかし後に万年筆が貴重かつ高価な物だと知ると、猿はお礼が足りないと更なる謝礼を要求した。その後も要求はエスカレート。自分の物だと主張しだし、自宅を突き止め押しかける事までするようになった。

 その果てがこの事件だ。

 被害者の息子は語る。

「あの万年筆は両親の思い出の品でした。結婚前、お互いに恋の詩や短歌を送りあった、その時に使っていた万年筆なんです。なのに母を強欲だのなんだの好き放題言って、最後にはあの始末。到底許せる訳もありません」

 被害者遺族の為にも、一刻も早い解決が待たれる』


 ニュース記事はそう締め括られていた。

 改めて読んでも、怒りがふつふつと湧いてくる。


 やっぱりオレは奴を許せなかった。

 直接手を下したいと、憎しみの炎が内側で燃える。


 だから、こんなメッセージを発信した。


「この記事を読んで怒りを共有してくれた方々へ。どうか罰を与えるのに協力してくれませんか」


 それに、幾つもの声が応えてくれた。




 事前に話し合って計画を立て、準備を整え、そして決行当日。


「皆ありがとう」

「河童さん、辛かったでしょう」

「猿の奴を懲らしめてやろうぜ」

「任せろ」

「もう大丈夫です。河童さん」

「必ず成功させるぞ」


 集った面々は多種多様だ。

 土鍋、超能力者、忍者、北極星人、モアイ像。

 河童さん河童さん、と声をかけてくる彼らは純粋そもので、信頼や心遣いが強く伝わってくる。

 オレは込みあがる感情を抑えるのに苦労した。


 集ったメンバーを、まずはある場所へ招く。


「さあ食べてくれ」


 作戦の最終確認を兼ねて、決起集会。

 寿司をご馳走するのだ。

 旨い食事は士気を高める。決行直前の今だからこそ食事は重要だ。こんなお礼目当てじゃないと言われても、気持ちを受け取ってくれと押し通した。


 玉子は出汁が効いた甘さが優しい。

 鯛は淡泊ながらも風味豊かで味わい深い。

 貝類の歯応えある食感は噛む度に楽しい。

 深海魚の握りもある。珍しいだけではなく、本格的な味に驚きと感嘆が広がった。

 そして鮪。やはり脂の乗ったトロは絶品で、遠慮なく舌鼓を打つ。

 食後には紅茶。意外に思われたが種類次第では和食にも合う。爽やかな香りがスッキリした余韻を残してくれた。


 メンバーは大いに喜んだ。

 勝利の美酒も用意してある。日本酒にワイン、どれも最高級品を取り揃えたと言えば増々盛り上がる。

 作戦成功を誓って、オレたちは決戦の地へ向かった。




「……来た」


 奴の家を見張れる位置で待つこと、一時間。オレは興奮を抑えきれずに笑う。


 憎々しい赤い顔。毛むくじゃらの体。

 間違いようもなく奴だ。


 メンバーは既に配置に着いている。

 オレは一人、様子を見るべくこっそり窓の傍へと近付いた。


「……なんだこれ」


 奴は早速テーブルの上の仕掛けに気付く。

 最初の刺客、土鍋だ。

 蓋がされた中身は熱々の、煮えたぎる鍋焼きうどん。

 そうとも知らずに奴は不用意に近寄る。


「今だ」


 蓋に手を伸ばしたところを狙い、作戦開始。

 土鍋が、自ら飛び上がって中身を奴にぶちまける。


「食らえ、吃驚返し!」

「ぎゃあっ! 熱っ!」


 苦痛に満ちた悲鳴があがる。肌は火傷していた。

 奴は慌てて水場に走る。

 そこには、忍者から借りた苦無が隠してある。それを、超能力者が念力で動かした。


「いくぜ、蜂の一刺しホーネットピアス!」

「ぐっ!」


 咄嗟に顔をかばった腕に、苦無が深々と刺さる。

 続けて襲いかかる苦無から逃げながら、奴は次に外へ向かった。


 玄関のすぐ前には川。ひとまず身を隠そうとしての選択だろう。

 だがそこには、水遁の術を使って忍者が隠れていた。

 素早く飛び出し、第三撃。


「……縛走鎖牢」

「ぐぅ!」


 鎖鎌の分銅を投げ、奴の体に絡みつかせる。

 動きを封じた。どれだけ藻掻いても逃れられない。


 最後は、頭上。

 その丸いシルエットはよくイメージする未確認飛行物体。

 北極星人が操縦する、北斗七星ヒシャク連合が開発した最新の宇宙船だというそれが、待機していた上空から降りてくる。

 その上から、モアイ像が飛び降りた。

 数百メートル上からの天罰。


甚爆再誕ビッグバン・イースター!!」


 唸る風。圧倒的な猛威。

 正に必殺の一撃が空より来たる。

 奴は悔しげに呟く。


「……クソ、ここまでやるのか、猿め……!」


 大地を揺るがす衝撃が走る。

 もうもうと砂煙が舞った。


 しかし、それが晴れると、失敗だと判明。

 奴は逃れていた。鎖が巻き付いたままで離れた場所に移動している。

 奴自身の動きではない。

 念力だ。

 忍者が超能力者に詰め寄る。


「何故助けた」

「や、だって今、猿って……」


 しどろもどろになりながら超能力者は答える。

 それを聞いた残りのメンバーは不審な目で奴を見た。

 奴は、毛むくじゃらの体を見下ろして、言う。


「……俺は河童だ。河童といえば緑で有名だが、これでも河童の仲間なんだ。正確には猿猴えんこうというんだが」


 その言葉に、大きな驚きと動揺が走る。

 仇討ちの仲間が、一斉にオレの方を戸惑いと疑いの目で見た。


「そんな苦し紛れの言い訳を信じるのか!? 嘘に決まってるだろ!」

「それは……」

「どうやって確かめれば……」

「……『あはれともいふべき人は思ほえで身のいたづらになりぬべきかな』。この意味が分かるはずだな? 両親は短歌を送り合っていた、そう記事にも書いてあったはずだ」

「……はあ? そんなの、哀れな人が……」

「分からないんだな。これは、自分を哀れむ人が思い付かない、このまま虚しく死んでいくんだな、と嘆く歌。奪い騙し、他者を利用するしかない、お前のような歌だよ」


 言葉に詰まったオレに、煽る台詞が投げられた。

 しんと嫌な沈黙が辺りを包む。

 集まったメンバーの視線は鋭く、立場は完全に逆転していた。


 ……限界か。

 オレは誤魔化すのを止めた。


「……そうだよ、オレが河童のババアを殺した猿だよ! でも間違えても仕方ねえさ。河童なんて初めて見るんだもんなあ? だからってこんなモンで信用するオマエらには、笑いを堪えるのが大変だったぜ!」


 頭の皿と、背中の甲羅を脱ぎ捨てた。塗料で緑に塗った体は簡単に戻せないのが残念。

 方々から怒りの声が飛んでくる。


「騙していたのか!」

「人聞きの悪い。オレは嘘なんて言ってねえ。お前らが勝手に勘違いしたんだろ? オレはただ、好き放題オレだけを悪く言う奴が許せなかったんだ。大人しくアレを渡してれば誰も死なずに済んだってのによ!」


 溜まっていた鬱憤を晴らすように高らかに気分よく笑う。

 しかし、そこで奴が。


「臆病者がよく吠える」

「あ?」


 カチンとくる。が、上位は揺るがない。

 冷笑で返す。


「負け犬の遠吠えだな」

「俺を恐れて、隠れて逃げ続けて、その果てに他者を騙して巻き込んだ臆病者だろう。俺こそ、この時を待っていたんだ」

「済まない。今度こそ手伝わせてくれ」

「騙されたとはいえ悪かった。次こそ」


 他の奴らが駆け寄る。が、奴は手で制した。


「一人でいい。これは、俺のすべき事だ」


 意地なのだろうが、好都合とほくそ笑む。

 満身創痍の奴一人なら楽に仕留められる。

 もっとも、保険にと決起集会の食事に薬を混ぜてあった。他の奴らはじきに効いて動けなくなるはずだ。


 オレはダミーの甲羅からナイフを取り出す。

 鋭い凶器を突きつけた。

 が、奴はピクリともしない。口だけのカッコつけか。

 猛然とオレは走り、勢いを乗せて心臓へ。命を獲る。


 その直前、静から動へ。

 奴が目にも留まらぬ早業で手を打つ。


「河童流相撲術──暗黒猫騙し!」


 衝撃と音が弾けた。

 感覚が消える。硬直。動きが縛られた。


 ただ、それもたった一瞬。

 すぐに五感を取り戻す。しかしその時既に、オレの体は浮遊感に包まれていた。


「河童流相撲術──駒引投げ!」

「がっ……は!」


 頭から地面に直撃。

 激痛が駆け抜けた。

 指一本も動かせないし、力が抜けていく。


 正義の勝利だと、奴らの祝福が聞こえてきた。薬の効果があるだろうに無理して、歓声と拍手を送り、歌い踊っているようだ。


 クソ!

 こんなめでたしめでたしカーテンコールが認められるか!


 そう思うが、意識は薄れていく。終わりに向かっていくのを感じる。

 最後に、冷たい声が聞こえた。


「永遠に地獄で反省していろ」



----------


(本文の文字数:3,392字)

(使用したお題:「永遠」「鍋焼きうどん」「ニンジャ」「河童」「黒猫」「うた」「日本酒」「未確認飛行物体」「モアイ像」《叙述トリックの使用》「ひしゃく」《飯テロ要素の使用》「念力」「万年筆」「ピアス」「カーテンコール」「紅茶」「深海」「赤信号」《和歌or俳句の使用》)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る