【066】ここに幽霊はいないし、いたとしてもたぶん河童だよ【ホラー要素あり】
「うわっ」
山本の部屋に入った瞬間、思わずそんな声が出た。山本がこっちをふり返って笑った。
「びっくりした? 等身大グレイ人形」
「……びっくりした……おま、こんなもん置くなよぉ」
なんとか動揺を押し殺しながら、おれは小学生くらいの身長の宇宙人フィギュアを小突いた。一人暮らしのワンルームに置くには大きすぎる代物だ。
友人の山本は、昔からこういうものが好きだった。未確認飛行物体やらイエティやら――そういえば、ピラミッドやモアイ像なんかの謎めいた巨大建造物にも興味があったはずだ。念力でスプーンを曲げようとしておれを呆れさせたこともある。本棚にはオカルト専門誌や写真集が並んでおり、壁には深海に棲むという「ヒトガタ」の不気味なポスターが貼られていた。
「山本、まだこういうの集めてんだ」
「おう。実はこの部屋もさぁ、河童が出るらしいってことで借りたんだよね」
「河童?」
「この辺に河童池ってとこあるじゃん。そこから来るんじゃないかと思ってさぁ」
それただの地名じゃね? と思いながらぎこちなく笑っていると、「ほんとだって! 足音がするもん」と山本はむきになる。
「夜になると時々、ビチャッビチャッて水っぽい音がさぁ」
「はいはい河童河童」
「真面目に聞けよぉ。あ、なんか飲む? コーヒー駄目だったよな」
山本はおれの好みを覚えていて、ティーバックでいれた紅茶を持ってきてくれた。そういうところはマメな男だ。渡されたカップには黒猫が描かれている。ずいぶん可愛らしいデザインだ。
「……山本、もしかして彼女とかいる?」
「はぁ? いるわけないじゃん! そのカップは『まじっくニンジャガールズ』のグッズですぅ~残念!」
エロゲ発の深夜アニメである。劇中でキャラクターが持っているのと同じデザインらしく、よく見るとロゴが入っている。「リアル彼女なんて〜永遠にできるわけないじゃ~ん」とうたうように言いながら、山本は子犬の柄のカップと一升瓶を運んできた。
「おい、まだ真昼間だぞ」
「いいじゃん」
そう言いながら、山本は推しキャラのマグカップで日本酒を飲み始める。昔から酒豪だったがちょっと度が過ぎている。「つまみ」と言いながら冷蔵庫からインスタントの鍋焼きうどんを取り出し、「お前も食う?」と勧められたが遠慮した。どうにも食欲がわかない。
山本は日本酒とうどんを交互に啜る。うどんの出汁の匂いと紅茶の香りが混ざって、えも言われぬ不協和音を奏でている。こんな男でも女性に好かれることがあるのかなぁ、などとつい考えてしまう。
「なぁ山本、昼間っからそんな飲むなよ」
「平気平気〜」
そう言いながら山本は杯を重ねる。おれは落ち着かない。いい加減顔が赤くなった山本は、「いやぁ〜、飲まなきゃやってらんなくってさぁ、実は」と切り出した。
「出るんだよ、ここ」
酔っ払いのくせに急に真面目な顔になって、そう言う。
「さっき足音がするって言ったの、マジなんだよ。それだけじゃなくてものの位置が勝手に変わってたりとか……あと排水溝に長い髪が詰まってたり、見覚えのないピアスが落ちてたなんてこともあるんだよ……なぁ、お前昔からちょっと霊感あったよなぁ? 見てくれよ。おれ、何かに憑かれてたりしない?」
「えーっ……」
おれは山本の顔をちらりと見る。すがるような表情だが、残念ながらどうにもできない。
「いや、知らんし。おれだって別に霊能者とかじゃねーし」
「この部屋に何かいたりとかさぁ、ない?」
「わかんないって、だから! まー、いないんじゃないの? 足音とかもさ、ちゃんとした原因があるのかもよ? 『幽霊の正体見たり枯れ尾花』なんてよく言うし……」
「そんなんことわざっていうか昔の俳句じゃん! ピアスなんか現物があるんだぞ!? なんかあるって!」
「だから! わかんないって! もし気になるなら引っ越せ……ば?」
「そんな急に金ができるわけないじゃん」
そう言いながら山本は日本酒を煽る。「はは」とおれは笑った。色々限界になったとき漏れ出す類の笑いだった。
正直、引っ越し代くらいなら貸してやれないこともない。
が、さすがに命は張れない。
この部屋に入ったときからずっと、山本の後ろにずぶ濡れの髪の長い女が立っているのが見える。
山本は女にまるで気づかないようだ。女はおれと目が合うと、人差し指を伸ばして閉じた口の前で立てた。「黙ってて」のサインだ。途端に、冷たい手で心臓を握られたような心地がした。
そいつは今も山本の背後にじっと立っている。さっきおれが「引っ越し」と言った途端、ぎろりとこちらを睨んだ。おれの脳裏に赤信号が灯った。
言えない。お前憑かれてるしそれ河童じゃないぞ、などと教えてやったら、おれがどうなるかわからない。
山本の顔を、女が愛おしそうに覗き込む。片耳にピアスが光っている。濡れた髪がばさりと垂れて山本の顔にかかった。山本は気づかない。
「なぁ〜、ほんとに何もいないぃ?」
女の髪の向こうから、山本が尋ねる。
おれは「いないって」と答えて、紅茶を一口飲んだ。渋い味がした。
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(本文の文字数:2,029字)
(使用したお題:「永遠」「鍋焼きうどん」「ニンジャ」「河童」「黒猫」「うた」「日本酒」「未確認飛行物体」「モアイ像」《叙述トリックの使用》「念力」「ピアス」「紅茶」「深海」「赤信号」《和歌or俳句の使用》)
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