【058】観てもらいたい、絵

 万年筆の美しさは永遠である。数ヶ月、使わずにしまいこんでいて、そろり、箱から取り出してみたとしても、美しさは永遠である。万年筆の姿、頭の先からおしりの方まで、全て。その中でも、特に、ペン先。ずっと、見ていることができる。見惚れる。


 さて、見惚れているだけではいけない。もちろん、見ているだけでも、落ち着いてくるのだけれども、書かなくちゃ、この万年筆を使って、書かなくちゃ、と思う。


 それは、今朝、見た、未確認飛行物体のこと。確かに、見たのだ。確かに。だけれども、誰にも、まだ話していない。ツイッターはもちろん、家人にも。今日のお昼の(日曜の午後は、いつも、お餅と葱と卵の入った鍋焼きうどんを食べるのです)鍋焼きうどんを作ってもらっているその家人の背中を見ながらも、「未確認飛行物体を今朝、見たんだよ」ということを、声に出して、言葉にして、話そうとして、やめた。そんなの嘘だろ、寝ぼけていたんだろう、と言われることのショックを想像すると、苦しくなるからだ。


 ところが、やっぱり、夕暮れ時になると、話したくなってきた。それで、未確認飛行物体のことを、絵に描いて、そして、それを見せながら説明をして、話そう、と考える。とはいえ、わたしは、絵を描くのがとても苦手である。だけど、描きたい。描かなくてはいられない。

 ここは家の中だというのに、いつも家の周りをうろうろとしている黒猫が、なぜかしらいつ入ってきたの、すぐそこにいた。その黒猫の名は、「うた」

「うた、助けて」、繰り返し、じっと目を見て、見つめて、瞬きせずに、じっと見て、

「お願い」

「助けて」

「わたしに、絵を描けるようにしてください」

「お願い、うた、お願い」そういって呪文のように、何度も何度も繰り返す。囁くように、だけど、力強く、念を込めて、念力を。

 念力が、ぐぐっと、どすんと音を立てて、わたしの身体の中に落ちていった。と同時に、お気に入りの、右耳の三日月型のピアス、揺れて、落ちる。


 わたしは、万年筆を手に取った。絵の神様がわたしの身体全体に入ってきたように、止まることなく、ずんずん、キャンパスを埋めていく。今朝、わたしは、未確認飛行物体を見たのだ。そして、それを、どうしても、信じてもらいたいから、だから、家人に話すことができるように、説明ができるように、描くのだ。ずんずん、すらすら、どんどん、どんどん、キャンパスを埋めていく。なぜかしらいつの間にか、それは今朝見た、未確認飛行物体ではなくなっていた。

 わたしは、今朝、何かを見たのだろうか。見た、と思っているだけで、実際には、何も見ていなかったのかもしれない。だけれども、ただ、ひたすらに、ずんずん、どんどん、すらすらと、万年筆を走らせる。水も飲まずにトイレも行かずに、一心不乱に、絵筆を走らせる。


 モアイ像。そこには、モアイ像が描かれていた。

 どこに在るのだろう、どこから、その姿を思い描いて、今日、描いたのだろう。さっぱり、分からない。分からないけれど、わたしは、初めて描いたこの絵を、世界中の人に観てもらいたい気持ちでいっぱいになった。

 触ると願いが叶うというモアイ像。

 願いを込めて、描きました。どうぞ、この絵に会いに来てください。そうして、触ってみてください。会期は、2023年の3月6日からです。どうぞ、よろしくお願いします。



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(本文の文字数:1,364字)

(使用したお題:「永遠」「鍋焼きうどん」「黒猫」「うた」「未確認飛行物体」「モアイ像」「念力」「万年筆」「ピアス」)

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