【053】ゲームともだち【残酷描写あり/暴力描写あり】
「チッ」
俺の隣でコントローラーを操作する勅使河原泰介は、モニターを睨みつけたまま、また大きく舌打ちをした。貧乏ゆすりも止まらない。
もう限界だ。
俺は「そろそろ帰る」と言うタイミングを何度も逸していた。
でも本当にそろそろ帰らないと、うちの怖い母ちゃんに怒られる。明日もテストだっていうのに。
中学三年の3学期期末テスト。間もなく中学ともおさらばだし、3学期の内申には気を使わないで済むとはいえ、それでもやるべきことはたくさんある。
同い年の泰介はいつも、テストなんて自分には関係ないという態度で、学校が早く終わるテスト期間中は近所に住む俺をゲームに誘ってくる。
誘うと言っても、こうやって自室でゲームの世界に浸りきり、俺と協力して戦おうという気は一切ないみたいだ。
それでも、小さな頃から仲良しだった泰介の誘いは断りづらくて来てしまう。
だが、さすがに今日はもう帰ろう。
コントローラーのボタンから指を離した瞬間、モニターの画面いっぱいにゾンビが現れる。家族に迷惑が掛からないように音量は小さいが、それでも俺はビクっと肩を震わせた。
泰介は待ってましたとばかりに、立て続けにわらわらと寄ってくる血だらけのゾンビを倒しにかかる。
何体ものゾンビが廃墟ビルの薄汚れた床に倒れ込み、赤く表示された得点とともに泡のように消えていく。
駆逐し終えたゾンビの向こう側に、消えずに倒れていたのは、黒髪の若い女性。人間だ。
アップになった女性は口元から血を流し、充血した瞳で恨むようにこっちを見ている。
英語で何かつぶやいてから完全にこと切れたようだが、スラングなのか、よく分からない。
緑色のマイナス得点が表示されるのを見ると、また貧乏ゆすりが激しくなるのを予想して俺は気分が塞がった。
ところが、泰介はRボタンを再び押す。
バンッ
近距離で放たれた弾丸は確実に女に当たり、一瞬腹部が浮き上がって、また血だまりの床に沈む。
「おい」
俺は泰介の手元を見て声をかける。
だが、打ち間違いではない。彼の眼はモニターの死体にくぎ付けになっている。
バンッ。バンッ。
ゾンビに放つ連打とは違い、一打ずつ、ゆっくりと、確実に。泰介は女の胸や腹に弾丸をぶち込む。
「おい。死体撃ちはマナー違反だぞ」
海外のゲームで日本と同様のマナーがあるのかどうかは知らない。しかも、この死体は対戦相手ではなく、ゲーム側が用意した「救助すべき存在の人間」なのだから、マナーは関係ないかもしれない。
ただ、見ていて気分のいいものではない。
「俺、そろそろ帰るわ」
いたたまれなくなった俺が立ち上がっても泰介は撃つ手を止めない。
返事は諦めて部屋のドアを開ける。
モニターを凝視したまま、口角をあげた泰介から目を背けて、俺はそっとドアを閉じた。
笑っていた。
あいつは、女の死体を撃って笑っていたんだ。
気持ち悪い。
泰介の家を出て近道となる公園に入ると、黒猫が「にゃー」と鳴いて走り去る。
そういえば最近、小動物が無残な形で殺される事件があった。
大昔、日本中を震撼させた少年事件の犯人も、まずは動物で試したと言う。
逃げるように去った猫が、怪我をしていたような気がして思わず眉を顰める。
まさか。
今までそんな事件とは無縁だったし、うちの学校にそんな人間はいないと思う。
いじめの話も聞かない。聞くとしたら、「うちの子はいじめられている」というモンペの被害妄想だけだ。
もちろん泰介も変なことをする人間ではない。
だが、そういった衝動を胸に秘めてゲームをしているのかもしれないと思うと、やるせなさや気持ち悪さが腹の中でないまぜになって、軽く吐き気がした。
そういえば、あの死体と似た女をどこかで見た気がするが。誰だったか。
思い出せないまま俺は家路を急いだ。
次の朝、学校に着いて上履きに履き替えていると、いつものモンペの声が職員室方面から響いてきた。
そうだ。思い出した。
昨日の死体は、よく学校に怒鳴り込んで来る、あの母親にそっくりだ。
担任はまだ若いから舐められているのだろう。教頭と一緒にぺこぺこ頭を下げて、なんとか宥めようとしている。
野次馬根性で遠くから眺めていると、奥の校長室から校長が出てきた。
「おはようございます。お母さん、ぜひ私に話してもらえませんか」
校長がにこやかに保護者対応をすると、モンペの顔つきも変わった。
今年度、民間企業から突然やってきた、校長にしては若い部類に入る、しかも女性の校長。さすが民間出身だけあってクレーマー対応がうまい。モンペは10分程度しゃべりまくって笑顔で校長室から出て帰って行った。
母親を見送った校長は、あきれ顔で教頭に向かって言う。
「まずは保護者の気持ちを汲んであげないと。頼みますよ、勅使河原先生」
年下の女性校長からいなされた教頭は愛想笑いを浮かべて「すみません」と謝っている。
来年で定年を迎える勅使河原教頭。
校長になってから定年だと思っていたのに、よそ者に席を奪われてよほど悔しかったのだろう。いつも校長の悪口を聞かされるが、今日もまた愚痴が止まらないだろうな。
俺は出世コースには乗らず、生涯現役で今年定年を迎えるから年下の女性校長でもちっとも気にならないが。
今日、教頭にゲームしようと誘われたらさすがにテストの採点が忙しいと断ろう。
俺はテスト用紙を持って子供たちの待つ教室へ向かう。
そうだ。あの死体は校長にもよく似ていたな。
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(本文の文字数:2,172字)
(使用したお題:「黒猫」《叙述トリックの使用》)
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