【033】酒造上空の怪

『昼夜問わず気がつくと変なものが飛んでいて気持ち悪くてやめてほしいって、変なものは警備会社ウチって決めてかかられてもなあ』

『仕方ないですね武装集団だし。一応地上は変なものはないですね』

 最南端の酒造を標榜する小さな工場は、エアコンも無いのにひんやりとしていた。

 偶然、酒造の直売所に日本酒とおやつ、厚手で丈夫なお土産Tシャツを買いに来ていた薬師は、位置情報で当該位置至近に居ると判断した上司から、周辺の索敵作業を求められていた。

 数度のピンでなにもない事を報告したところだ。ぼやく上司をスルーして、彼女はこの後の手順をひとつ決めた。

『今日公休で用も無いんで何も持ってません。家帰ったらカメラ蜂セット飛ばしますね。かちょー、課でも新しいやつ使いませんか? 営巣しないで羽根でぬくぬく太陽光充電するやつ』

 営業を断られ、脳裏でカメラ蜂セットの開発者の姿を思い浮かべててへぺろしながら、薬師は課内グループ通話を終えた。ここまでの通話音声は主に脳内(思考)のテキスト出力からの読み上げで賄われており、外には漏れない。いい世の中になった。

 片手間でお勘定を終え、売店を離れて外に出ると、夏の熱さが一気に全身を包む。

 ボッと音を立てて火でも点いたような錯覚を覚えながら、薬師は申し訳程度の日傘を広げ、エアコンベストを起動した。オーバーヒート(熱中症)対策を必ずしろと医者兼開発者に言われている。

 彼女の身体は生身のようで生身ではないのだけが救いだった。人造強化体はそれなりに暑さに強いと聞いていたが、エアコンベスト起動前数秒で40℃超がせいぜい体感25℃程度に抑えられていく。

 生まれが北国のせいでか、生身時代はこの手の熱さが不調や負傷に直結する程度に苦手だった。助かる。

 それにしてもあの酒造会社、エアコンも無しに、窓無しだけでどうやってあのひんやり感を維持しているのか。

 ――家も改装できないかな。


 帰宅の途でカメラ蜂セットの用意を頼むと、到着頃には、開発者・“教授”手づから支度が整っていた。

 余分に買っておいた酒粕饅頭ひと箱(六個入り)を貢ぎ、薬師は、五歳児大の球体関節人形じみた外見の同居人から蜂セットを受け取った。

「充電ボックスが無いな」

「営巣すると駆除されちゃう事があるのよ。営巣無しの試験運用も兼ねてるわ」

 虫嫌いの薬師に気を遣ってか、お菓子の空き箱に詰められている。窓の外にそれらを箱ごと投げ棄てると、紙の蓋をぶち破って飛び出し、雀蜂五匹が空の向こうへ飛んでいった。紙の箱は、きれいなキラキラスタッズを貼ったさそりが、敷地の隅のゴミ箱へ運ぶ。

「毎度格好悪い絵面ねえ……」

「専用の発射台作りますか」

 ちっとも悪びれずそれだけ言った薬師にコロコロ笑ってみせ、教授はお茶の支度を始めた。移動用の自走踏み台が器用に動く。

「あの酒造、建物建てた工務店が特許取った工法使ってるのよね。外から窺ったところでエアコン無いのがわかる程度なんだけど、そんなもの検索のひとつもすればどこに頼んで作ったか判るのに」

「何か狙ってるなら、人間か、混乱か、お宝だと思いますけどね。個人的には放火も考えてる」

 放火というよりは爆撃を考えていたらしい薬師の口から、その手順を聞かされた教授は、それは爆撃だと腹を抱えて笑った。

「まあ、今どきお宝を家に置いてる方がやばいとは思うけど。必要あったら喚んで頂戴」


 夕方の定時報告書を会社に送った薬師は、

間髪入れずポップアップした上司の感想攻撃と夜勤のお誘いを耐えた。

 夜勤対応に人を増やせと常々言っているが、「時折勃発する激務に投入されるので、強化された元負傷者しか入れられない」という課の特殊性からお預けになっている。

『酒造にテロ仕掛けてどうすんの』

『同じ事は思います。家にお宝置いてた方が強盗に狙われると思ってる』

『この、爆撃みたいな放火』

『耐熱処理した無空調建築は、外からだとその位しないと焼けません』

『怨嗟は警察か探偵だぞ』

『襲撃・爆撃は今は我々の範疇です。海自なりが配備されれば失職ですが、しばらく無理』

『それで時折浮いてる何かは襲撃用の陽動で爆撃する前の偵察機だと『心配になりました。』』

『被害は放火強盗殺人程度に思ってます。何も無ければ悪戯かお化けだ』

『国家のなんかは』

『酒造の上で何を? 振出に戻る』

 ふん、と短い相鎚に続いて、何か決めた時の声がした。

『薬師、お前明日は来たっけ? 客先直行か。交代させとくから会社来い』

 

 はたして翌日が出現のタイミングだったようで、酒造上空には確かに深夜から何かが浮いていた。雀蜂が送った構造解析データを見て、薬師達は朝の青空を仰いだ。

「……肉っぽいな」

「な、生物……」

 会社では情シスが生物/機械の賭けの勝敗に沸いている。あれが生物なら薬師のしたような襲撃の懸念はない。しかし衛生上の懸念が増える。破壊力があって工場設備を直撃したらえらい事だ。

 おまけに存在がおかしい。肉塊にドローンを括りつけて浮いた様子でもないのだ。肉塊だけがどういう原理かで浮いている。

「おい薬師、お前浮き砲台乗ってあれに投網射出したときの落下軌道出せ」

 会社には人を載せて浮上し、そのままランチャー・機銃等を使用する砲台として使うドローンが一台だけある。それを使えという。

「無人機で両側抜けて引っ張った方がよくないですか。海に落としたい」

「無人機が出払ってて砲台しか無い」

「じゃあ私物出すから会社のには課長乗ってください。とりあえず物理で衝撃与えて離したい」

 管理職の悲哀などと節をつけて出撃手続きに入った上司に背を向け、薬師は、同居人に自宅倉庫からの浮き砲台運搬の段取りを依頼した。オプションに入っていた「漁網」に呆れられながら段取りは粛々と進む。

 後は無人運転の四駆がここまで機材を牽引して来るのを待つ。来たらその場で出撃できるように頼んだ。

 冗談じみた事態だ。カタがつくのだろうか。路上清掃作業と消毒手配の必要性を何となくまとめながら、薬師は機材の到着を待った。


 お化けだろうか。お化けだろうな。

 薬師は浮かぶ肉塊を眺めやった。



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(本文の文字数:2,455字)

(使用したお題:「日本酒」「未確認飛行物体」)

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