【028】戦え! ニンジュウジャー!
家に帰ると、また留美が動画を見ていた。
「ただいまー」
「あ、おかえり、浩介くん。お疲れ様」
浩介に気づいた留美は、急いで動画を消したけど、何を見ていたのかは知っている。
ニンジュウジャーだ。
よくあるヒーロー番組みたいな奴で、それぞれパーソナルカラーを持つ戦士達だ。
――時は現代。
異世界から、時空の壁に穴を開けて進攻して来る、魔物と言うべき敵が現れるようになった。
彼らの技術的な問題なのか、今のところやって来るのは週に一回、一匹程度。だが奴らは使い魔を生み出すことが出来る上、特殊な瘴気を出すことが出来る。
その瘴気を浴びた人間はほとんどが死んでしまうが、稀に適合すると奴らの眷属に――つまり、魔物と化してしまうのだ。よって一匹でもこちらに入り込まれると、敵は増えるばかりだ。すぐにでも駆除しなくてはならない。
事態を重く見た政府は対策チームを作り、戦闘用の特殊スーツを開発した。魔物の瘴気に対抗出来、装着者の身体能力を高める。更に昔のニンジャの体術と動物の能力を得ることも出来るのだ。
そのスーツを装着した戦士達こそが通称ニンジュウジャーだ。本当は小難しい正式名称があるのだが、みんなニンジュウジャーの名で呼んでいる。その正体はトップシークレットとされ、友人や家族にも秘密だ。
ニンジュウジャーは侵略者である敵――
何が気に入ったのか、浩介の恋人の留美はニンジュウジャーに夢中だ。特に推しているのは黒――黒猫の忍、ニンキャットらしい。
猫を模したマスクと全身黒の戦闘スーツ。猫のしなやかさを備えた戦士だ。ネットでは、すらりとした手足や身体の柔らかさがよく話題になっている。
猫舌なのに鍋焼きうどんが好き、という断片的な情報だけが公開されている。その矛盾したところもギャップ萌えでかわいい、とは留美の談だ。
正直浩介にはわからないが、留美ちゃんが楽しそうなら別にいいかな、と今はとりあえず思っている。
◆
榊留美は、家路を急いでいた。
最寄りの駅からアパートまで、歩いて十分程度。恋人の根本浩介は、もう帰っているかも知れない。ごはんを作って待っているかな。
(……?)
留美はふと足を止めた。
奇妙な気配がする。通りから路地へ入る脇道。その奥からだ。気になって留美はそろりとそちらに足を向けた。ふいと、生臭い匂いが流れて来た。
路地の奥の暗がりに、何かがうごめいている。そいつが、こちらを振り向いた。
――それは河童に似ていた。ぬらぬらとした緑色の皮膚、水かきのような手足、尖った口、皿のように平らな頭部。その足元に転がっているのは、腹を裂かれた人の死体だ。これは、もしかして、人を――
(アヤカシ……!)
河童はぐわりと口を開いた。そこから真っ黒な煙のようなものを吐き出す。人を魔物に変える瘴気だ。
「きゃあっ!」
思わず悲鳴を上げた留美の前に、何本かの苦無が突き刺さった。等列に刺さった苦無の間に青白い火花が散る。火花は瞬時に集まって光の壁となり、瘴気を防いだ。
と、留美と河童の間に、黒い影がひらりと舞い降りた。
「ナ……何者ダ……」
河童が問う。
「黒猫の忍、ニンキャット!」
ボイスチェンジャーで加工された声が名乗った。アヤカシは名乗った相手を攻撃する習性があり、ニンジュウジャーは一般人を攻撃させない為に戦う前に名乗りを上げる。
「ニ、ニンキャットたん!」
「ここは危険だ。早く逃げて」
推しのニンキャットの登場に、留美は一瞬ぱっと眼を輝かせたが、すぐにそれどころではないことに気づいて走り去って行った。
「グ……グェ……イデヨ、使イ魔ドモ……」
地面から、わらわらと使い魔達が現れる。ニンキャットは次々と使い魔を倒して行くが、数が多く一人では対応しきれない。
その隙に河童は路地の外へ出て行こうとする。が、河童の右眼に深々と手裏剣が突き刺さった。緑色の影が立ちふさがる。
「緑猿の忍、ニンモンキー!」
猿を模したマスク、緑色の戦闘スーツ。猿の身軽さを備えた戦士、ニンモンキーだった。
「猿!」
「食い止めるぞ、猫!」
やがて戦いの場には赤獅子の忍・ニンライオン、白鶴の忍・ニンクレイン、青犬の忍・ニンドッグも駆けつけ、必殺技のニンクラッシュを放った。
「永遠に……眠れ!」
決め台詞と共に、河童は爆散する。
人々がやって来た頃には、もう戦士達の姿はなかった。
◆
専用の待機部屋で、浩介はため息をついた。
「はあ……留美ちゃん、これで巻き込まれたの3回目じゃない?」
浩介は戦闘スーツを脱いだ。このスーツには体型フェイク機能があり、着ている間は普段の浩介より華奢に見える。至近距離で見ても気づかない筈だ……ニンキャットが自分の恋人だと。
ニンジュウジャーの正体はトップシークレットで、仲間内ですら正体を知らないという徹底ぶりだ。だから面と向かって留美に注意は出来ないが、もう少し気をつけて欲しい。
どうやって伝えよう、と浩介はしばし頭を悩ませた。
同じ頃。
専用の待機部屋で、ニンモンキーはウキウキしていた。
「今回も無事、ニンキャットたんのピンチを救えたわ。やったね私」
戦闘スーツを脱いだその姿は、紛れもなく榊留美だ。体型フェイク機能により、ニンモンキーになると少しゴツくなるが、仕方ない。
「同じチーム内に推しがいるって、本当に幸せ。ピンチの時に助けてあげられるもん」
今日はいいお酒が呑めそうだ。モアイ似の親父さんがいる行きつけの酒屋さんで、美味しい日本酒を選んでもらおう。
留美は鼻唄混じりで待機部屋を後にした。
その後、ニンジュウジャーの内外で恋愛を含めた複雑な人間感情が交錯することになるのだが、それはまた別な話。
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(本文の文字数:2,294字)
(使用したお題:「鍋焼きうどん」「ニンジャ」「河童」「黒猫」「うた」「日本酒」「モアイ像」)
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