第二ターム 応募作品
【019】全裸サイバーニンジャ「河童」出現のせいで鍋焼きうどん食べ損ねた時の話
その日は晴れているのに局地的に雨が降る、若干しんどい日だった。地方の警備会社に勤務する薬師ルリコも、朝から濡れた路面で滑って転び、開脚状態で階段を滑り落ちた。
投擲されたコンクリート片のヘッドショットを運良く免れたものの、それなりに痛かったしみっともない。
結局、時速80kmで大学から逃げ出し街中を縦横無尽に走る全裸の男に逃げられ、早朝から出動して午後八時近くに漸く、現場から遙か遠ざかった会社に戻ることができた。
帰宅前の着替えついでに確認すると、脚を中心にあちこち擦りむいたり打ち身ができている。
さすがに生身には無理な速度で走って転べば、いかな人造強化体でもそれなりに怪我をするのだ。
ロッカーの中に常備していた応急処置キットで、市販の絆創膏程度では賄えない広範な傷をしょんぼりと処置する。傷の色が生身のそれと違うのが凄く気持ち悪い。
薬師は、主治医兼開発者に気持ち悪い旨の報告をひとつ送り、何となく気落ちした顔で帰宅した。
ロッカー内に銃を忘れたが取りに行かなかった。
社内で特に誰にも遭わなかったので、誰にも気に留められない。社屋を出る頃には気落ち顔をやめ、彼女は夕食を外で食べて帰ることにした。
夜の八時を過ぎると、会社近くで昼に使っている定食屋さんは店を閉める。社屋に居たくない時(ほぼ毎日)オフィス代わりに使っているカフェの夜営業だと、会社の人と鉢合わせする事が多いので面倒臭い。
結局、どこか居酒屋に行くことになるのだが――
『かちょー、なべやきうどんたべたい』
『何だお前、藪から棒に。大学行け。学食に紛れて食ってりゃいいだろ』
『つめたいなー。彼氏に嫌われねえの。今ここに居るんだけどどこか知らない?』
元々は高校の同期で、同業や紆余曲折を経て、なんか上司に収まっている割と政治の上手い男宛に、私用テキストメッセージで現在地を送ると、即答で鍋焼きうどんのある居酒屋を教えてくれた。
それはそうと人が足りないから今から夜番に来ないかというお誘いは固辞した。残業代はさておき、鍋焼きうどんで釣られても仕事をできる気がしない。
『あのカッパみたいな頭した裸族の警戒どの位しますか。殺意高かったし』
『捕まえるまでだ。何でお前ちゃんと頭蹴っ飛ばしておかなかったのよ』
『知るかよ、変質者で呼び出されてみれば女子便脇のクソ狭側溝からいきなり飛び出してコンクリ片全力投球で頭狙ってくる全裸中年男性があるか』
『本土でクリニックの身体換装代踏み倒した元高校球児だって。全身、機械に換装済み。殺意の塊。お前さんに殺される覚えがあれば、ウチの神父様の告解部屋開けといて貰えるよ。だいぶ沢山あるだろ? ん?』
立ち止まって端末を覗きわざとらしく疲れた息を吐いた薬師を、すれ違ったスーツの男が驚き気味にちょこっと覗いていく。
『ノリと勢いで他人の彼氏に泣いて話す話はひとつもないよ。大方、なんかそこそこの奴をヒットしたかったとかじゃないのかい。あれは露骨にこっちの頭狙いだったから』
『自意識過剰だ。もしそうならお前バイクで引きずり回してりゃ出てくるだろ。今から来い。医者代と晩飯くらい出る』
『ひでえ上司だな。部下を殺す気だ。側溝も側溝だよ、何勝手に出入りされてんだ、側溝の担当ハックされてんじゃねえのか』
大笑いしたイラストスタンプが連打されてきた。追加でアニメ動画も送られてきてログを流していく。
『わかる? それもっと簡単。側溝管理の大昔の担当。お前なんかした?』
『いいえ。顔見知りならケツにキュウリ突っ込んで爆発させな。帰ります』
今の会社に勤務して随分経つが、三人ほど代替わりした側溝管理担当と揉めた記憶はまるでない。
それにその三人は、好き好んで「河童のような頭をした全裸中年男性」に自らの外見を改造したりは多分、しない、筈の人々だった。尚、高校球児だった者は三人の内にはいない。
薬師は、何も居ない側溝の網に視線を落とした。 首をひとつ傾げ、溜息をついて先を急ぐ。
――あの殺意の理由がまるでわからない。
利益か、儀式か、矜持か。気分では説明がつかないものだ。
何事も無く居酒屋に着いて、空いているカウンターに通され、やっぱり鍋焼きうどんの口だったので注文を通す。
主に上司とのやりとりで疲れた表情を顔に貼り付け、出された中ジョッキのハイボールを啜り、お通しをつつき回していると、今度は別の飲み友達から音声で着信があった。
『ハロー💕ルリコさん、あのさ用事だけ』
「そっちこそ手短に、これから飯」
『今あんた本土で賞金かかってる。何かした?』
「折り目正しき会社員。金主は何をされた?」
『依頼主と罪状欄が空白。違法で通したやつだ。変な頭した奴に襲われてない?』
「時速80kmで走る河童みたいな頭した全裸中年男性を会社で追い回して逃げられた。下手人がそいつか。黒幕はどれだ」
『わかんないから警察で今捜してるって。倒せばわかるやつじゃないかな』
「そんな、……丸腰だぞ……今ヒマ?」
『ぼく今出張中。ひとりで頑張っ……丸腰? 上司さん呼んどく』
尚疲れた顔をして、ちびちびと啜っていたハイボールを一気に呷った薬師は、ふと隣席の緑の作業着からの視線に気づいた。ガン見どころではない。明確な殺意。
薬師が手にしたジョッキを互いの頭の中間に差し込むと、そこに硬い音がして、光るものが刺さった。 相手の顔はジョッキの陰でよくわからないが、頭が。頭の形が、髪型が、河童を彷彿とさせる特徴ある形をしている。
いきなりビンゴを引いた。薬師は最小の動作で男の頭をジョッキで殴りつけ、男の手元からは何についていたか金属製の串が、彼女の顔面を貫くコースで飛んでくる。互いの一撃を綺麗に躱し、「外でやれ!」という店主の怒号と同時に、ふたりは店外に飛び出した。
こいつを倒せば大体解決するが、鍋焼きうどん食べそびれた。 薬師は
銃を会社に忘れた。手を抜けば自分が死ぬことだけがわかっていた。
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(本文の文字数:2,431字)
(使用したお題:「鍋焼きうどん」「ニンジャ」「河童」)
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