【012】きみが永遠でよかった

 きみに会えてよかった。もう会えないとしても、きみに会えてよかった。これ以上、好きになることは、もう二度とないのだから。ぼくはずっと治らない傷を抱えている。もう、眠ろう。眠っていれば、大抵のことは忘れられる。きみはぼくを忘れて、ぼくはきみを忘れることができる。

 

 いつの世も、悪人は蔓延るものだから、ニンジャのシゴトは耐えることがない。次から次へと指令がやってくる。正直言ってしんどい。だけど、ニンジャ見習いのぼくはいつも一人きりではシゴトができないものだから、側に黒猫がいる。側にいて、守ってくれている。助けてくれる。

 ある時、「次のターゲットは河童だ。しっかりと倒すように」との指令がやってきた。この頃、我らが退治しなければならない悪人が、次々と河童に尻子玉を抜かれて腑抜けになっているらしい。

 それを聞いたぼくは、「だったら、悪人退治なんて河童に任せて、ぼくは、ゆっくりと休ませておくれよ。もう随分と長い間、一生懸命頑張って働いてきたのだから。もう、くたくただ」

 指令を見て見ぬふりをして、布団に潜って眠ろうとしたら、側にじっといて黙ったままの黒猫は、静かに諭す。

「このままだと、善良な市民まで見境なく、河童にやられてしまうよ。ニンジャくんだったら、ちゃんと河童と話し合いをして、静かにさせることができると思うんだ」

 黒猫に励ましてもらうと、そうなのかな、と思う。吸い込まれるような目でじっとぼくを見るものだから、迷いを消し去ってくれる。三日三晩病床にいたから、まず、腹ごしらえ。数日前に買っておいた鍋焼きうどんは、まだ賞味期限切れではない。お餅と玉子と葱を入れて、寝巻きのまま食す。少し、元気が出る。

 山ふたつ越えた向こうの川まで行くのに寒くないように、せっせと何枚も何枚も紺のセーターを着込んで出掛ける支度をした。どこからどう見てもニンジャらしくない。ぼくは本当にニンジャなのだろうか。一緒にとことこ歩き始めた黒猫は、「見習いだから仕方ないよ(気にしないで、早く行こう)」とウィンクをする。

 河童の回りには、数え切れないほどの尻子玉が浮遊していた。さっきまであんなに強気だった黒猫はぼくの後ろに隠れてびくびく震えている。

「このおれを倒そうなんて、いい度胸だね」

 なにか言ってやろうと思っている間に、河童は叫んだ。

 不思議なことにぼくは、指令があってここまでやってきたのに、来るべくしてここに導かれてきたのだと感じていた。浮遊している尻子玉の恐怖よりも、ぼくはきみに会えてよかった、と感じていた。

 河童が尻子玉をどんどん集めるのは、永遠になるため。河童は永遠になって悪さをするのではなく、悪人を少しずつ少しずつでも消し去ってくれるのだ。

 見習いニンジャのぼくは、強力な河童の目線を逸らすことはできなくなった。指令も忘れて、守っていてくれたはずの黒猫もどこかに逃げて消え、じっと河童を見ているより他なかった。

 

 ぼくは気絶した。

 

 きみが永遠でよかった。

 ずっとここにいる。

 ぼくがいなくなっても、きみがこの世を守ってくれるね。

 


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(本文の文字数:1,248字)

(使用したお題:「永遠」「鍋焼きうどん」「ニンジャ」「河童」「黒猫」)

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