第一ターム 応募作品

【001】エヴぁーラスてぃんぐ。

 七月も頭から茹だる暑さ、いや熱さで。ていうか季節の変わり目こそ、次来る気候の予告編みたいな強烈なのがいったんどかんと来るわけで。昔はこんないきなりってのは無かったんだけどねぇ、とかお母ぁんは事あるごとに言うけど。二十一世紀しか生きてない私にとってはそれはこの地球における標準スタンダードであるわけで。


 とか、意識をマクロマクロの方へとずらしておかないと、つむじを灼いてくるような光熱と足元からサンダルの裏ゴムを溶かさんばかりの地熱とが、盆地も盆地のこの湿度高い系の地方都市における中途半端なヒートアイランド現象と相まってアルミ鍋の中でぐずぐずに煮込まされたうどんのようにこのしなやかな身体を容赦なくぐんなりさせていって、そのままへたり込まされてしまいそうで。


 いま思うとそんな状態だったから、唐突も唐突なあいつの誘いに乗ってしまったのかも。とか思ったり。


 よぉ、「カッパづつみ」行かね? という小二の頃くらいから変わらない軽薄な物言いとスカスカな言葉は、それでも軽やかに熱気の中をふわりと漂い飛んできて。思わず振り返ってしまった視界に入ったのは、メタリックなライトグリーンのフルフェイスにそのちょっと前の男前顔を詰め込んでいて一瞬判別しづらかったけど、相変わらずのひと昔前の「ロンゲ」としか表現できない白っぽい金色の長髪を無造作に結んだしっぽが襟足からたなびいていたから誰だか何とか分かった。それよりその長い脚で跨っていたのが風と瞬でひとつになれそうなほどにそれはガチガチにスポーティな、それは鮮やかな黄緑色の単車カワサキであったことの方が重要で。あ、ちょっとありかもとか思った時には胸元にメットを突き出されていた。強引。でも地元の友達がほとんどいなくなっちゃった初めての夏。懐かしさと人恋しさとあと何か、を乗せて、周りの緑に同化するかのようなそのバッタのようなマシンに二尻タンデムにて林道を疾走していく。片隅に癪な感じはあったものの、それも置き去りに吹っ飛ばしていくように爽快さが胸の奥へ吹き込んでくるみたい。視界の左右を遮るくらいには広くなってたイカれた色彩の蛍光グリーンのメッシュジャケットの背中に、思わず自分の左頬を預けそうになってしまってあやうく脊髄反射で脊椎をのけぞらせることで接触を回避する。


 飛び去っていく感じは初めてだけど、それでも変わらない景色、風景。昔も今も、やっぱこの辺りは人がいないね。二キロはあったと思うけど、途中すれ違ったのはクール宅急便のでかいトラックだけ。ちっちゃい頃は浮き輪にはまったまま、先が見えないほどに長く見えたこの川沿いの白く粉っぽい砂利道を、行きは一人で、帰りはみんなと一緒に歩いていってたっけ。その道程を軽くまたぎすっ飛ばし越して、あれって間にあっさりと目的地へ。ありがたみ薄れるかなとか思ったけど、このせせらぎオンリーの静けさ善き。そしてうん、水面を吹き過ぎていく風はやっぱ涼しくて清々しいわ。


 結構な川幅だけれど、段々になっているところの真下以外はあって膝下くらいの浅さだから、この春買ったばかりのシックなブルーブラックの七分デニムが少し心配ではあるけれど、膝上まで思い切ってめくっちゃえば大丈夫か。それよりも何よりも輝きをこれでもかと散らしてくる清浄な水面が手招きをしているよ。


 来て正解、って思ったけど言ってやろうかどうかは迷っていたら、視界の隅ではいそいそともう上も下も脱ぎ捨てている輩がいたわけで、何か身に着けるものに縛りでもあんのかくらいにまたも軽薄な蛍光グリーンのトランクスはどう見ても耐水使用と思えない上に擦り切れかけてもいる綿100の佇まいだったけど、ぅひょあェっ、とかいう小五男子くらいの突発的ハイテンションを爆発させつつ妙な叫び声を上げては無粋な水音も立てていく。あーあー。


 もちろんその後のわざとらしくスローな仕草にて飛沫を両手で掛けてくるという痛いカップル感を出そうとしてくる茶番には付き合わずに、私は膝下のうねるひんやり感を存分に味わいつつも、ふと見上げた先に高飛び込みしてくださいとばかりにそそり立つコンクリの壁のようなものを見つけ、あこれも懐かしいとか思って、その横腹に埋め込まれた金属のハシゴみたいな段々を登っていく。


 うわ高。五メートルくらいはあるんじゃ。よく男子はここから飛び込んでいってたよね……でも下流へと真っ直ぐに伸びる緑に両側を挟まれたキラキラの水の流れはどこまでも続いているように見えて。


 最近お疲れ気味だった頭と心に涼風が吹き付け吹き抜けていくようだった……


 とか悦に入ってたら背後から両肩と背中をいきなり熱のあるもので包まれて。


 何かやってくるだろうとは思っていたものの、無言でガチめに抱きすくめられるなんて考えても無かったから、びびった私は反射的にその右腕を掴んで自分の右脚をうしろに跳ね上げつつ身体を前かがみにして身を護ろうとしてしまったのだけれど。


 それが、いけなかった……


 柔道では内股、相撲では掛け投げというのだそうだ。いや知らんけど。二日後くらいに見舞いにいったら右肩関節前方脱臼にて三か月はバイクには乗れないと診断されたらしく、デスマスクみたいな顔で静かに双方の技の始動からの比較など動画を交えた不毛な解説をされた。完治してからも事あるごとに言われるけど、そういやそっち側で腕枕された記憶は無いから精神的な外傷の治癒はまだまだこれからのようだね……


 とはいえこの瞬間は、なまじの放物線よりも綺麗な弧を描いて落下していき、何でか全然水しぶきが上がらない完璧な入水リップクリーンエントリーをキメた後で、ぽっかりと表情の無い顔だけを水面から突き出し、河童というよりはまるで川に流された沙悟浄というような趣きを見せてきたのがツボにはまって、怪我人救出の出鼻をくじかれているという切迫した事態をまだ把握できてないまま、突端で声も出せないほどに体をくの字に曲げ笑い震える自分がいて。


 まだまだこいつとの付き合いはずっと、それこそ永遠に? 続いていくのかも、いかないのかも。うんまぁそればっかりは分からんけど。でもこれが、今まで生きてきていちばん笑えた出来事であるのはまだ揺るがない。



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(本文の文字数:2,500字)

(使用したお題:「永遠」「鍋焼きうどん」「ニンジャ」「河童」「黒猫」)

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