第7章 サウシュラの月 ⑦


〈ねぇ、タイヨウ。いちど、そのへんの日輪に活力をわけてもらいなさいよ!〉


 球形の光の氾濫の中。

 かろやかな足どりの少女が、意欲的に話しかけてくる。


〈刺激になって、輝きを思いだすかもしれないわ!〉


 大陽の正体が、本質をなくした《月輪》か《日輪》だと思いこんでしまっている南の陽の宮が、しきりに勧める。

 大陽はというと…。


 こわばりヒクつく足の筋肉を叱咤しながら、ひたすら歩き続けていた。

 提案した少女を、見ようともせずに受け答える。


「俺、日輪じゃないから」


〈じゃぁ、月輪なの?〉


「それでもない」


〈じゃぁ、なんなの?〉


 大陽は、むっと、唇をひき結んだ。


〈わからないの? それなら、試してみるべきじゃない?

 光輪の光なら、《星の子》だったとしても、害はないんだし…〉


 トゥウェースは、道連れとなった少年の存在としての確かさに目を光らせながら、確信を得たように微笑んだ。


〈やってみるべきよ!〉


「十八番街の日輪と会って、何もなかったのにか?」


〈活力をやりとりするのと、ただ面会するのは違うわ。そのへんは事情を話して…――〉


「なにげに事情聴取しようとしていないか?」


〈なによそれ。知られたらまずいことでもあるの?〉


 聞きかえされた大陽は、うっと、言葉につまった。


 よそ者ていどの感覚で話していても、日本から来た異邦人とまでは告げていない。

 テールのときは、自分が置かれた状況がわからなかったから、帰る方法を知りたい一心で、はじめから暴露してしまったが…。

 すこし変わったところのあるその男は、いまのところ彼の力になってくれている。


 気乗りしない方面にはどこまでも無関心なので、それ以上でも以下でもなかったが、めんどうなことには、なってはいない。


 そこで、大陽は考えた。


 彼女にも、話してしまったらどうだろう? と。


 大陽は、ひと癖はあっても、裏表のなさそうな南の陽の宮のようすをうかがった。


 根はいい子に思える…。

 だが、

 本人に悪気はなくても、おおやけにしすぎて、妙なものを引きよせてしまいそうだ。


 広め歩くのもひとつの手段だが、それを実行するなら、うまくたちまわってくれる、ゆるぎない後ろ盾がほしいところだ。


 異郷のこの土地にある大陽の後見は、まだ、無にもひとしい。


〈あれこれ調べることを趣味にしている光輪もいるのだし、知りたいことがあるなら、そうゆう子を探すことから始めるのも、いいんじゃない?

 そんなに遠くないところに、ひとり居ないこともないけど、あれは話しだすと止まらないから、あまり薦めな…〉


「それ、真面目マジ?」


〈本気って、なにが?〉


「いや、ほんとうかって…?」


〈どーしてわたしが、ウソつかなきゃならないの?〉


「じゃなくて、そういうゆう人物ひとがいたら、会いたいからさ」


〈うー…ん…、そうなの?〉


「なんで、そこで悩む。実は、ほらなのか?」


〈ウソじゃないわよぉ、薦めたくないだけで…。…しょうがないなぁ…もう…〉


 不都合でもあるのか、トゥウェースは〈どうなっても知らないから〉とか呟きながら、ぶすくれた顔をした。


 大陽としては、帰る手がかりを得られそうな情報源は見逃せないのだ。


 あてが生まれたことで、ちょっと気を良くした大陽は、左の草ばえの向こうを流れている川面を指で示した。

 ほぼ、一定の距離を保ってついてくる青年に話をふる。


「なぁ、テール。この川、イカダでもつくって、乗って進めないかな?」


「むやみに木を切ると、土地の日輪に嫌われます」


「そうなのか?」


「場合によっては」


〈なになに? 川に、なにか浮かべるの?〉


「いや…、乗って進めたら、楽だろうなって…」


〈あら、いい案ね! でも、その川、灌漑用よ?〉


「灌漑用…? だったらなに?」


〈耕作地をぐるぐる巡ることになるじゃない。

 星の子が喜ぶからって、四六時中、流れを為す日輪も変わっているけど…。わたし、水遊びするなら、海がいいわ。

 一度、混迷の海を越えてみたかったの!〉


「そうか…。でも、しばらくは、道なりだ。楽に行けるところまででも使えないかな…。…(ん?)」


 大陽の目が、ふっと、トゥウェースが歩いている先の水草を映した。

 少しもどされて、彼女の足もとに、とどまる。


〈あと少しゆけば、その川、右と左にわかれちゃうわ。ほら、あの橋を渡るの!〉


 期待をくつがえすような言葉を聞き、遠方の橋に視線も向けたが…。

 気になる現象も目にしていたので、大陽は、あまり、がっかりはしなかった。


「…。テール。彼女、池の上を歩いてるぞ」


 自分の目を疑いながら告げると、テールは、おや…というように大陽の後頭部を見た。


「いま気づいたのか?」


「いま気づいたのかって、なぁ…。(地面歩く時とおなじで、履物サンダルの下くらいまで沈んでるけど)あの光って、水に浮く作用でもあるのか?」


「水上を行く技術なら、あちらにもあるだろう」


「乗る物を使ってなら…」


「泳ぐのと大差ない」


 あまりにも、事もなげに返されたので、大陽は、とまどい、うったえてばかりいる自分が、動揺しやすくて、ふがいない男に思えてきた。



(そうだ…。こんな状況なんだから、いまさら、驚くようなことでもない…)



 冷静さをなくさないよう、自分自身をいましめ、たたき直す。


「…ここの人間は、みんな、水の上を歩くのか?」


「それを可能とする活動力をそなえた者だけだ。星の子には稀有だな」


「おまえもできるのか?」


「あなたも可能なのでは?」


「できるかよっ。だいたい、おまえ、舟乗ってたじゃないか!」


「…。それがなにか?」


「あー…。その程度(の感覚)なのか…」


〈タイヨウまで、こそこそと…〉


 トゥウェースが、不愉快そうに抗議した。


〈ふたりだけで、いつまで話しているつもり? やめてよね。こっちは、それ、がまんしてるのよ? いらいらするわっ〉


 むくれ顔で言いはなった南の陽の宮は、大陽を映している視線を反らすことなく微妙に伏せて、ぽつりと独りごちた。


〈来たわね…〉


「何が?」


〈追いかけてくるとは思っていたけれど…、いらない奴もついてきた〉



(いらないやつ…?)



 行く手に確認できる橋の向こう…。

 さらに遠方にかすかに、青白いかがやきが漂っているのが確認できた。


 やがて、陰影をともない見えてきたのは、人を背中に乗せたラクダを馬に近づけたような動物が一頭。

 その背中に人が乗っていて、

 乗っている者の面ざしが把握できそうになったころから、薄霧のように漂っていた青白いゆらぎが、より明瞭で緻密な広がりを見せはじめた。


 近づくほどに、光量が増している。


 乗っている人物の後ろから、白っぽい後光が広がっている感覚だが、よく見ると、騎乗者は、一人ではないようだ。


 黒い頭髪が、手前にいる女性の肩の後ろのあたりに、ちょこんと見えている。


 手前の女性の輪郭に沿うようにある白銀の光は、常に安定している印象で、青白い光とは、まったく混ざらない。


 近づくほどに厚みを増し、より広く拡散してゆく青白い光は、どうやら、その後ろの人物が発しているもののようだ。


〈…あいつ…。おいていかれたからって、怪しいよそ者にのりかえたのよ…。べつに、わたしは、いいんだけどね!〉


「よそ者?」


〈そうよ! 土地となじまないから、すぐわかる。

 あれは、ノウシュラの者じゃない。中途半端な光しょって、怪しいったらない…〉


 この地にあっては、大陽はもちろんのこと、南の《陽の宮》も、中央の日輪もよそ者なのだが…。

 自分のことは、神棚か何かにあげてしまっているようだ。


 しばし、近づきつつある女性を不愉快そうに睨みつけていたトゥウェースが、ぱっと、表情を変えて、大陽の方に向きなおった。


〈タイヨウ。あなた、ノウシュラの光輪なの?〉


 いちいち否定するのが煩わしくなっていたので、大陽は、しぶい顔をした。


「違うって」


〈そう? 違和感なくとけこんでいるから、てっきりそうだと思ったんだけど…〉


 指摘された大陽は、しばし思考した。

 自分は、自分で思っているほど、ひとの目をひかないのだろうか? と。


「…。俺、違和感ないか?」


〈光を帯びてないことをのぞけば、変わってるというほどのことはないと思けど?

 わたしの光を前にして、影のできない光輪なんて、あなたが初めて…。光をなくしたからかしらね?

 理解はできないけれど…〉

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