36話

 振り向くと窓の方から、フード姿の人物が映っている。


 アメコミヒーローのように、窓近くの柱につかみながら、撃っていた。


 親友同士は知らないが、こいつは千木楽だ。


「惺夜! これは罠だ! 俺たち時間稼ぎしていたんだよ!」


 もう一度、フードを被った千木楽は、曇天の涙のように弾を撃ち続ける。


 弾丸を机や椅子を使って避ける二人。

 龍康殿は、パチパチと拍手をしながら。


「いやいや、君の論文は素晴らしい出来でしたよ。だけど、ひとつだけ減点がありました。それは貴方が私の話を聞いたこと。私は時間稼ぎをしていたのです」と誇らしげに言う。


 目の前には洗脳された千木楽がガラスを破り、猛突進で惺夜達の方に向かってきた。

 しかし、青髪で正義感の強い少年は持ち前の体術を使い、洗脳された少年のガンカタを止める。


 重い音も響いていた。机や椅子に向かって千木楽は吹っ飛ぶ。


「お前は最初っからこれが目的だったのかよ……! 確かに怪しいと思っていたからな。井戸端会議とかする暇はなかったぜ!」


「いえいえ、私の時間稼ぎは一瞬かなと思ったんですが、つい話すことが楽しくて、喋りすぎました。それでは」


「おいまて!」惺夜はそう言うもの水面の波紋のように消えていき龍康殿の耳には聞こえなかった。


 テロリストのボスは教室を去る。


(……覚醒者はそろそろ現れる頃だと感じますが、まだ来ないな。もうここには用はない。そろそろ人質も救わなければならないか)龍康殿は不敵な笑みを浮かべる。


(そう、私は天使。人々を救うために生まれてきた愚かな泥人形を手に取り、瞳の標本さえ魅了する。我が天使を讃える姿。子猫のような純白な心。そして揺るぎなきカラスの羽……否、違う! 私はそういうの求めてない!)


 臙脂色のスーツを着た初老は顔を殴る。


(何で長年愚かな嘘をつき続けてきたんだ! 私は……、私の本当の目標は……。私自身が真なる神になって、紛い物の天使を救うこと……)


 龍康殿の目は、かっ開く、その様子は獣でもできないような狂った人の瞳だ。

 惺夜と司咲は戦闘体制に入る。


「なぁ司咲、こいつの正体誰だかわかる?」


「わからない……けど、この中で残っているメンバーと言えば天羽さん、千木楽さん、つばき、そして永瀬先輩。たぶん、つばきか千木楽さんだと思う」


 司咲は推理する、しかし惺夜は。


「つばきにしてみれば身長が高すぎる。残念だが、こいつは千木楽さんが洗脳された姿だ」


「……思いたくなかったけど、そうだよな。だがやるしかない。行くよ。惺夜!」


「あたぼうよ! 首筋狙って、千木楽さんを楽にしてやるぜ」千木楽の腹めがけて足蹴りをお見舞いする。


「そこは『洗脳から解放する』でしょー!」


 司咲は援護しながらツッコむ。


 だが、腹部を蹴られたトップは、かすり傷しかつかなかった。

 千木楽は惺夜の片足を持ち上げ、もう片方の足の付け根に蹴り入れる。


 少し痛そうにするも、持ち上げられた足をフード姿の少年の腕ごと、強くキック。

 飛ばされた先は司咲がいた。彼も体術をお披露目する。


 喉めがけて拳を向けるも、千木楽は手で止めた。


 しかし、それを見据えていたのか、相手の太ももめがけて蹴りを入れ、転んだ洗脳されたSATトップに馬乗りして、顔面をフード越しに殴り続ける。


 ひたすらに殴り続けると、フードのマジックミラーが割れ、千木楽の顔が見えた。


(やっぱり千木楽さんだったか……。わかっていたのは良いけどそれでもキツイな)


 惺夜も敵になった少年の方に向かい、足に弾丸をプレゼントする。


「まだまだ……だが、これでしばらくは動けないだろ……」ボソッと呟く青髪の少年。


 千木楽のSFが見えたのか、司咲は取ろうとするも、黒髪の少年の腕が伸びる。


 腕の先は紫色の髪で中性顔の腹部にある『みぞ』だ。

 司咲は怯んでいる、千木楽は頭突きをする。


 頭突きをされた少年は仰向けに倒れ、そして千木楽は何もなかったように立ち上がる。

 見た目は血だらけなのにまるで無傷のようにも見えた。


 ボロボロなのに平然と経っている彼は、初めて声を上げた。


「どうした……? お前らの実力はこんなものか? では俺が見本を見せてやる。よく学べよ」


 ボイスチェンジャーの声が教室内に響き渡る。

 時刻は十三時三十一分になる。



 ──その刹那の六十秒。時刻十三時三十二分になると、彼らの身体はボロボロになり、二人は立つのもやっとだ。


 ほとんど動けない。


 洗脳された千木楽の実力に、惺夜達は手足も出せない。


 二人は深い深い絶望に浸っていた。


 完全勝利をしたSATトップはゆっくりと司咲の前に行き、目の前で銃を構える。


「さぁて、もう終わりかな? お前達の演舞は面白かったよ。またあの世でも披露しとけよ」

 と同時に引き金を引く。


 銃弾は司咲の胸部に当たった、彼はそのまま倒れる。

 少しも動かない、まるで十二日目の蝉のようだ。


 千木楽は惺夜の方を振り向き。


「次はお前だな……惺夜。大丈夫だ。すぐにダチの元へ行けるぜ、楽しとけよ」またボイスチェンジャーの声が響く。


 惺夜は身体を堪えて、千木楽めがけて襲い掛かる。

 しかし銃弾は、青髪の少年の腹部に合わせて、数発撃たれていた。


 惺夜は教室の床を見るかのように、うつ伏せに倒れる。


「龍康殿様……SATメンバー二人を救いました。次はショッピングモールの人々を救いに行きます」


 千木楽はそう喋る。


 ──そのとき、死んだはずの司咲の手がピクリと動いた。


 洗脳された少年はまだそのことに気がついてない。

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