第8話 トモダチ☆見ざる聞かざる言わざる
私は見てしまった…。
私は最低だ…。こんな自分が嫌い。弱い自分が許せない。私は最低だ。
私は明和高校1年A組 岡本芽衣。
それは先日のことだ。放課後下駄箱に靴をしまおうとした時、女子二人が何かコソコソとしていた。
私は少し離れたところから見ていると、二人は誰かの下駄箱から上履きを取るとそのまま走って去っていった。
走っていったのは、同じクラスの持田美月と飯田星羅だった。
二人は同じ中学出身でいつも一緒に居た。比較的活発で結構派手な感じの子達だ。
私とは違う世界の人、少し苦手だ。
「何をしていたのだろう?」
芽衣は下駄箱をみてハッとした。彼女達が漁っていた下駄箱の付近に書いてある名前を見たからだ。
下駄箱の名前は「芹沢小鳥」と書いてあった。
でも、靴を取ったって決まったわけじゃないし、芽衣は自分にそう言い聞かせると、何も気にしないように思い込んで学校を後にした。
彼女が何故、そう思ったのか。
遡ること数日前、彼女は聞いてしまったからだ。
学校の休み時間だった。次の授業の準備をしていると声が聞こえた。
「移動教室だ!いちろー行くよー!」
「小鳥ちゃん!一緒に私達もいくー!」
「ねぇねぇ!芹沢さん!道具持った?」
「あー、俺たちも!一緒に行こうぜ!」
小鳥の周りには沢山の生徒たちが男女問わず集まった。小鳥はいつも笑顔で、誰にも対等に話しかけたし、とても魅力的な人だった。
「芹沢さん。キレイだな。カワイイな。楽しそうだな。でも…私とは関係ない世界の人だ…私はどうせ陰キャだし…」
芽衣はため息を付いた。教科書をまとめて席を立とうとした時だった。
「何アレ?」
「何か調子に乗ってんねぇ」
「ちょっとカワイイからって、アレ絶対ぶりっ子」
「わかるー!男に媚びてるよね」
「あはは。ねぇねぇ。ちょっとからかっちゃおっか」
「アンタ、中学の頃それで何人か不登校にしたじゃん!」
「アタシは1人だけ。アンタ二人じゃん!」
「そうだっけ?じゃあ、ちょっと!うふふ」
「やっちゃいますか!?アハハ」
明らかに小鳥に向けられた悪意だと感じた。芽衣は会話に気づかないふりをして教室を一人で出ていった。
話をしていたのが持田と飯田だったのだ。
翌日、芹沢小鳥はスリッパを履いていた。
いつもと変わらない笑顔で、クラスの中心であった。
「ねぇねぇ。小鳥ちゃん。靴どうしたの?」
「あー、何か朝来たら無くなってたよー。困ったよー」
小鳥はワザと泣き真似をしながら明るく言った。
「えー!?マジで!?」
「盗まれたの?」
「わかんない。でも、上履きなんて盗んで意味あるの?」
「小鳥ちゃんの上履き盗むなんて…ファンだね…」
「えー!?アタシにファン!?それはないよー」
「何で何で!?」
「えー、アタシ別にカワイイわけじゃないし…」
「チョーカワイイよ!小鳥ちゃん!マジで」
「本当だよ!マジ可愛いよ!」
朝からそんなやり取りが聞こえてきた。
芽衣は昨日の二人が上履きを持ち去ったのだろうと推測した。だけど、それを言う言う気もなくてずっと下を向いたままだった。
「うっざ。何アレ?」
「超ウケル。承認欲求高すぎ」
「それな。アイツまじウザいね」
「次また違うのやっちゃう?」
持田と飯田がまた話している声が聞こえてくる。芽衣は聞きたくなかった。
どうしよう。やっぱりちゃんと言ったほうが…。
芽衣は心のなかで葛藤したが、何も言えなかった。
週が変わると、行為はエスカレートした。
小鳥の上履きが下駄箱に戻ってきた。
だが、上履きには書道の墨が掛けられており、更に中にはダンゴムシなど小さな虫が数匹入れられていた。
流石にこれは問題になった。
再びスリッパを履いた小鳥が先生に伴われて教室に入ってきた。
「芹沢の上履きにいたずらがあった。誰か知っている人が居たら私に言いに来てください」
担任の教師がクラスの生徒に向かっていった。
「うーん。ちょっと、いたずらのレベルが低いよねー」
小鳥はクラスをくるりと見渡しながら挑発するかのように笑った。何人かのクラスメイトが同調して笑った。クラスメイト達が笑ったが、芽衣は笑えなかった。
ふと小鳥を見ると目があった。
ドキリとして思わず下を向いてしまった。
「どうしよう。言わなきゃ。言わなきゃ。言わなきゃ!」
心のなかで芽衣は何度も呟いたが、どうしても勇気が出なかった。
小鳥はクラス中を見回すと、ふと持田の前にやってきた。
「ねぇ。持田さん?靴?知らない?」
小鳥が覗き込むように持田にいった。
「え!?な、何で私に聞くの!?しらないよ!」
小鳥は持田の答えを待たずに、今度は飯田のところに行くと同じく聞いた。
「ねぇ、飯田さん?靴?知らない?」
「は!?な、何?ウチらがやっての?マジ失礼!なにそれ!?」
飯田は急に自分のところに来た事で、大きな声を上げた。
「ふーん」
小鳥は二人を交互に見るとニコッと笑うと、そのまま自分の席に戻っていった。
芽衣は内心自分のところに、小鳥が来るんじゃないかと思い気が気でなかった。
私は現場を見た。二人の話を聞いた。なのに何も言わない。言えない!
私は…最低だ…。
次の日の朝、さらなる事件が起こった。
芽衣が登校した直後だった。
「きゃあああああ!」
下駄箱から悲鳴が聞こえた。芽衣が下駄箱に言ってみるとそこには座り込んでいる持田と飯田の姿があった。
そして芽衣はぎょっとした。
飯田と持田の靴にはマジックでキレイに真っ黒に塗られた上履きと、数匹のゴキブリ、ムカデなど「上級な気持ち悪い虫」がたっぷりと入れられていた。
持田と飯田はすぐに小鳥のところにやってきた。
「アンタでしょ!?アンタがやったんでしょ!?」
持田は小鳥に対し怒鳴り散らした。
「ええぇ?アタシわかんないよー」
小鳥は責められて、困った顔をしていたが、どこか半笑いだった。
「ふざけんじゃないわ!アンタ絶対許さない!」
飯田は小鳥に更に迫った。
「へぇ。じゃあ、証拠は?」
小鳥は二人に何食わぬ顔で言った。
「あるわけないじゃない!でも、アンタしか居ないじゃない!」
「どうして?」
「どうしてって…」
「それは〜やられたから〜その仕返しかなー?ってそう思っちゃった?」
小鳥は敢えて煽るように二人に言った。
「私はね〜。嘘付く人分かっちゃうの♡」
小鳥はゆっくりした口調で二人に対して言った。
「は!?意味わかんねぇ」
持田は目を泳がせながらも言った。
「あのね。人って嘘を付くと〜。瞳孔が一瞬開くの」
小鳥は持田の目をじっくりと見た。まるで吸い込まれるようなきれいな瞳で見られ持田は動揺した。
「あとね。瞬きが通常の倍くらいになるの」
小鳥は飯田の眉毛の部分をそっと撫でた。飯田は思わず身震いして後ずさった。
「それとね。首の血管に血流が多く流れるの」
小鳥は持田の首筋にそっと手を添えた、美しい小鳥の指先は冷たく持田はゾッとした。
「あと、心臓。心臓がね。ドキドキしちゃうの♡」
小鳥はそう言って二人の胸に手を当てた。
「アタシ、人が嘘付いてるの分かっちゃうの…」
小鳥はそいういうと後ろを向いてから、首をぐるんと回して二人をいきなり覗き込んだ。
「いやあああああ!」
「きゃあああああ!」
二人は恐怖のあまりに絶叫して、逃げ出そうとした。
持田に至っては、恐怖のあまりに失禁してしまったようで、彼女が去った後は濡れていた。
「あははは。そこまで驚かなくても!ねぇ!」
小鳥は笑いながら、またもやぐるんと首を回して芽衣を覗き込んだ。
「っひ!」
芽衣は泣きそうな顔で、その場に尻餅をついた。
「こと!悪趣味すぎ!やりすぎだよ!」
傑が小鳥を叱った。
「あはは。ごめんごめん。芽衣ちゃん」
小鳥は笑いながら芽衣を抱き起こした。
「この首が180度回るやつびっくりした?」
小鳥は笑いながら芽衣に言った。芽衣は目を見開いたまま頷いた。
「これね。実はトリックがあってね。服をずらさないようにして身体を回すの。そうするとまるで身体と逆向きに首が回るように見えるんだよ。中学の頃文化祭のおばけ屋敷でやったんだー」
小鳥は芽衣の驚きっぷりに満足したのか、ケタケタと笑いながら言った。
「あ、あの!ご、ゴメンナサイ!」
芽衣は小鳥に突然頭を下げた。
「ん?何?芽衣ちゃん。ど、どうした?」
小鳥は突然謝られて逆に狼狽した。
「あの、私見ちゃったんです。持田さんと飯田さんが芹沢さんの靴を持っていった所を…でもはっきり見たわけじゃなくて…。あと、二人がいたずらしようって言ったのも聞いたんです!でも、それが芹沢さんのか分からなくて…。」
小鳥はキョトンとした顔をしていた。
「で、言わなきゃ言わなきゃって思ってたのに、勇気がなくて…。だ、だから…ゴメンナサイ!もっと前に言っておけばこんなに大事にならなくて…」
芽衣は泣きそうな顔をして小鳥に謝った。
小鳥は、いきなり芽衣を抱きしめた。
「!!?」
驚いた芽衣は何も出来ずに立ち尽くした。
「ありがとう芽衣ちゃん。本当のことを話してくれて。頑張って伝えようとしてくれたんだね。ありがとう」
小鳥は芽衣を抱きしめながら、感謝を伝えた。
長身の小鳥に抱きしめられた芽衣の顔に小鳥の髪の毛が少しかかった。少しくすぐったくてとても甘い、優しい香りがした。
その時、登校時刻10分前の予鈴がなった。
「ほら。そんなとこで抱き合ってると。変に思われるよ」
傑がいつの間にか、一路と一緒にバケツと雑巾を持ってきて、濡れた廊下を掃除していた。
「本当だね。あはは」
小鳥はお構いなしに、ぎゅっと抱きしめると芽衣を開放した。芽衣はドキドキした鼓動がバレないか気が気でなかった。
「あ、あの…芹沢さん…。本当にウソついてるか分かるの?」
芽衣はおずおずと小鳥に聞いた。
小鳥はニッコリと笑うと、手にしたスマホを見せてくれた。そこには小鳥の下駄箱から小鳥の靴を取り出す持田と飯田の姿映っていた。
後ろで一路が小さくピースサインを出していた。
「でもね。目を見たら大体わかっちゃうよね。何となくだけど!」
小鳥はそう言って笑った。小鳥は傑と一路に向かって、早くしろと騒ぎながら跳ねるように去っていった。
ちなみに持田、飯田の二人はこの後二年半に渡り「お漏らし少女」というあだ名が裏でつけられてしまうのであった。
「いつか、お友達になれたら良いなぁ…」
芽衣は小鳥たちの後ろ姿を見送りながらそう思った。まだ周りの大半が小鳥のことをよく知らない春先の小さな出来事だった。
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